「越前は蕎麦の里」
1997年金沢に赴任する前、 私は一度として北陸の地に踏み入れたことは無かった。 辞令を貰って慌てて地図を見て 富山・金沢・福井の位置関係を調べたものだった。 だから、福井、越前の里が蕎麦どころであることは知る由もなかった。 「信州長野の蕎麦よりも、あたしゃあなたのそばがいい」。 私の中での日本の蕎麦どころと言えば 信越線の駅で立ち食いした信州そば、 あるいは新潟の妙高、戸隠蕎麦ぐらいだったと思う。 基本的に蕎麦の好みは圧倒的に田舎蕎麦びいき、 麻布更科が売りにしている御膳ソバなどは、 生白くて歯ごたえもなく、とてもではないが 食べるだけ損する感じを抱いていた。 金沢赴任後、富山に住んでいた同僚がある日、こう言った。 「富山も旨いものはたくさんあるんですがね、 蕎麦は福井に叶わないね。あそこのオロシ蕎麦ときたら・・・ 一度食べてごらんなさい」。 底の浅い椀に蕎麦が盛られ、そばつゆは掛かっており 上におろし大根が盛られた、言ってみれば無骨極まりの無い福井の蕎麦。 一口食べて正直驚いた。 そばの香りと芯がまだ残ってるかのような麺、 ところがのど越しはすこぶる滑らか、 今では越前蕎麦に優る蕎麦は日本にないと私は断言する。 一乗谷見学のあとの昼食、 当然、お目当てはオロシ蕎麦なのだが、 名店「ふる里」は遠いし、 行ってみても今日の水曜日はやすみだからどうしようもない。 そこで訪れたのが、 まずは観光客が立ち寄らない穴場中の穴場、「宿布屋」、 ここは老夫婦二人だけで切り盛りしているお店で 出すものはおろし蕎麦ただひとつ。 それだけこの一品にこだわりを持っているのだ。 ちょいとピリッとくるおろし大根が絶妙のアクセント、 太めの蕎麦と共にあっという間に我が胃袋に収まった。 「旨い!」、これが本当の蕎麦だぜ!! 勿論、トロッとした蕎麦湯が優しく腹に沁みわたる。 帰り際奥で働いていたご主人が出てきた。 「二十年ほど前に一度立ち寄らせてもらいました。 今回、東京から越前を見てまわってます」。 「それはそれは、遠いところをありがとう存じます。 どうぞ楽しい旅をお続けください」。 旅の途中、地元の人たちとのこういった会話は堪らない。
by shige_keura
| 2017-05-05 08:35
| 旅
|
| ||||||
ファン申請 |
||