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思い出のプロ野球選手 -7-(前編)
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上の画像は昭和33年、日本シリーズ
巨人対西鉄、第5戦10回裏
投手の稲尾がサヨナラホームランを
放った瞬間である。

このシリーズ、西鉄は3連敗のあと4連勝!

”神様、仏様、稲尾様”の大活躍で
西鉄が奇蹟の日本一の座についた。

しかしながら、今日の主人公は
サヨナラホーマーの稲尾ではない。

打球方向を茫然と見送る投手
背番号20、大友工である。

当時の読売ジャイアンツ、
藤本、別所、中尾、大友
好投手キラ星の如くであった。

その中で、最も私の好きな投手が
大友工さんだった。

何故なら、プレート上の静かなる態度、
感情を露わにする別所と好対照で
子供心に親しみの持てる存在だったからだ。

更に、その当時の投手の中で
安定感抜群が背番号20だったからだ。

大友さんは”静かなる男”にして
”頼りがいのある男”だった。

私は大友さんが負け投手になった試合を
見たことが無い。

後楽園球場、
そろそろシートノックが始まる
先発メンバーの発表が待ち遠しい。

「後攻の読売ジャイアンツ、
 本日の先発は大友、背番号20」

アナウンスが流れてくる。

「オッ!こりゃいただきだ!!」
安心してホットドッグを頬張ろう、
こりゃ、旨いな!!!



負けない投手、大友
その具体的な事実を紹介しよう。

当時パリーグを代表する投手が
稲尾と杉浦である事は異論が無いだろう。
                (神様、仏様、稲尾様
                 いかにも打者の目を見て投げているようだ)
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この2人と大友さん、
あわせて3人にのみ共通する記録は何か?
                (日本シリーズ、巨人を4タテにほうむった杉浦
                 この右腕のしなやかさに注目!!)
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これをスラスラと答えられる人は
相当なる野球通である。

答えは、

プロ野球戦後の歴史の中で
年間で30勝以上記録しながらも
敗戦は一桁でとどめた投手は
稲尾、杉浦、大友3人だけなのだ。

1955年  大友工   30勝6敗
1957年  稲尾和久 35勝6敗
1959年  杉浦忠   38勝4敗

因みに戦前に遡ると
伝説の大投手、沢村とスタルヒンが
それぞれ1回記録している。

そして大友さんの通算勝率は
130勝57敗で6割9分5厘。

後年、巨人のマウンドを守った藤田さんの
119勝88敗、5割7分4厘と比べ
いかに安定しているかが分るだろう。

因みに、堀内が5割9分3厘
江川が6割5分2厘である。

さて、大友さんがプロ入りしてから
エースとしての活躍を見せるまで
不思議な事が次々と起こった。

続きは明日、
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by shige_keura | 2008-03-03 09:41 | スポーツ | Comments(0)
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