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思い出のプロ野球選手 -12-
今日紹介する選手、
球場で実際のプレーは見ていない。

しかも、パリーグの選手だったので
テレビでも余り見る機会は無かった。

それにもかかわらず
非常に気になる選手だった。

それは、彼につけられた渾名と
実際の姿が余りにもかけ離れていたからだ。

”火の玉投手”
その昔、クリーブランド・インディアンスの大投手
ボブ・フェラーのニックネームである。
              (火の玉投手、ボブ・フェラー)
c0135543_11391368.jpg

ある本によれば
彼の球速は107・9マイルを記録したとか、
キロに直すと174キロだ!!!!!

これが事実とは思えぬが
とてつもない速球を投げていたことは確かだ。

今日の選手の渾名が”和製火の玉投手”
名前は荒巻淳である。

渾名が”火の玉”で名前が”荒巻”
さぞや、いかつい姿かと思えば
あにはからんや、身長174センチ
体重61キロの優男である。
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彼が所属していた球団が
毎日オリオンズ。

野武士の西鉄、
職人軍団の南海と比べると
都会的でスマートなチームカラーの球団だった。

その代表が
打者の別当薫であり
投手の荒巻淳であった。

眼鏡をかけた端正なる顔、

背広姿に身を包むと
プロ野球選手とはとても思えない。

ダンディで趣味の良い
ビジネスマン風情である。




荒巻さんは1926年
九州の大分県に生まれた。

彼の名が全国的に轟いたのが
1941年の全国専門高校野球大会である。

決勝戦で登板した荒巻さんは
相手から23の三振を奪い
自軍を優勝に導いた。

その後、都市対抗の強豪星野組に入り
夏の大会で優勝、
本人も橋戸賞の栄誉に輝く。

プロ野球が2リーグに分裂した年
新人ながら毎日オリオンズの
日本一に大きく貢献した。

26勝8敗、防御率2.23
彼がペナントレースで残した
素晴らしい成績だ。

荒巻さんの投じる”切れのよい速球!”
いつしか”和製火の玉投手”と呼ばれるようになった。

確かに彼の投ずる球は速かった。

しかし、それ以上に素晴らしかったのは
実際のスピード以上に見せかける
荒巻さんの工夫である。

荒巻さんはノンプロ時代から
日本で初めて
チェンジアップを投げていたとされる投手だった。

だからこそ、1年目の酷使で
肩を痛めた後も
変化球を駆使して
13年間で173の勝ち星を
積み重ねることが出来たのだった。

荒巻さんは足も速く俊敏で
時として代走に起用された。

又、プロ野球史上唯一、
日本シリーズで
投手としてランニングホームランを
記録した選手だった。

彼はこれから指導者として期待された
44歳の時に急逝してしまう。

火の玉投手だからといって
そんなに速く人生を駆け抜けることはないだろうに。

荒巻さん独特の投法。
c0135543_11411475.jpg

ぴょこんと足を跳ね上げて
テンポ良く速球を投げ込んでいた姿が忘れられない。
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by shige_keura | 2008-05-09 08:55 | スポーツ | Comments(0)
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