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思い出のプロ野球選手 -15-
物心つくかつかぬかの頃より
私はジャイアンツファンだった。
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理由は今もって分らないが
気がついた時には
紅梅キャラメルの”おまけ”である
ジャイアンツ選手のカードを
夢中になって集めていた。
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中でも最も好きだった選手が
背番号16、川上哲治選手だった。
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それは、忘れもしない小学校1年生、
初めての野球観戦で
後楽園球場に父と行った時だった。

そのときは変則ダブルヘッダー。

お目当てのジャイアンツは
第2試合に大洋と対戦する為に登場する。
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この日、未だに脳裏にはっきりと残っている
忘れられぬシーンが3つある。

ひとつは、ネット裏の階段を登りきった時に
目の前に広がった球場の光景だ。
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何とも広く、雄大に広がるグラウンド、
そして、土と芝生の色が鮮やかだったことか!

「あー、これが本当の野球場なのかー!
 凄いなー!!!」

次は、試合中に
ある選手の打ったファールボールが
コロコロと私の前に転がってきた時のことだ。

当時、ファールボールは
球場内のボールボーイに
返球するならわしとなっていた。

転がるボールに
咄嗟に反応した私は
拾い上げるやボールボーイに投げ返した。

それが、キャッチボールのお手本のように
ボールボーイが胸元に掲げたグラブに
ストライクの返球となった。

まわりの大人たちが
一瞬、オーっと驚きの声を上げたのが聞こえ
急に恥ずかしくなってしまった。



そして3番目が
川上哲治選手との出会いである。

              (昭和26年、サンフランシスコ・シールズへの野球留学時、
               左より、小鶴、杉下、オドール、藤村、川上)
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第1試合の終了も近い。

私は1塁側ベンチ裏にある
トイレに出かけた。

そして、トイレに通ずる通路を見て
一瞬足が動かなくなった。

自分の見た光景が
一瞬、信じられなかったからだ。

何故なら、通路の両側のベンチに
あこがれのジャイアンツの選手達が
待機していたのだった。

殆どの選手達が
お互いに談笑し
中にはふざけあっていた選手達も居た。

王者、巨人の余裕か!

別所がいる、千葉もいる
青田も藤本も宇野も小松原も・・・・・

せわしなく視線を動かすその先に
!!!!!川上選手が居た。

私の緊張が極度に達したのは
最大の憧れの選手が目の前にいることだけではない。

それは川上選手から発散される空気が
全く異種特別の物だったからである。

まるで一人修行僧の様に
バットの握りを何度も確かめているのが
川上選手だった。
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そして、川上さんは何度も、何度も
目の前にバットをかざし
そのバランスと重みを推し量っていた。

川上さんの周りだけが
違う空気が立ち込めていることが
子供心にも良く分ったのである。

「近寄り難い」とは
まさにこの事を言うのだろう。

その試合の思い出は
延長の結果引き分けに終わった事を覚えている以外は
はっきりと記憶に残っていない。

ご贔屓、川上選手が
打ったのか打たなかったのかも
覚えていない。

ただただ、一点を見つめるが如く
バットを凝視していた姿が
強烈な印象となって残っている。
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思えば、それが
川上哲治選手を端的に
表した姿だったのだろう。
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by shige_keura | 2008-06-30 08:55 | スポーツ | Comments(0)
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