明日より3日間、
毎年恒例の入谷、”朝顔市”が開かれる。 例年だと、”朝顔市”のあとに 浅草寺の”ホウズキ市”となるはずだ。 ところが、今年に限って 洞爺湖サミットの関係で 朝顔市の日程がずれ込んだ。 さて、今日の話は 朝顔市のことではない。 ”朝顔”と”つるべ”とくれば 誰でもが知っている ”朝顔につるべとられてもらい水”とくるだろう。 今日は、その句と 作者である加賀千代女についてだ。 彼女は加賀の国、松任(今の白山市)の生まれ、 若くして天才少女の名前をほしいままにした。 ”稲妻の裾をぬらすや水の上” ”行春(ゆくはる)の尾やそのままに杜若(かきつばた)” 千代女、17歳にして即興の句である!!! 頃は江戸時代中期、 芭蕉一門きっての高弟 各務支考が北越を旅していたとき 千代女を席に招いて 即興で作らせたものだ。 千代女の才能に驚いた支考は 「あたまから不思議の名人」と絶賛したという。 即ち、”なんとも言いようのない 不思議な才能を秘めた名人”との評価である。 次ぎの句は千代女を訪ねた 美濃の高名な俳人が詠んだものだ。 ”旅人に落馬なさせそ美人草” この意味は、”通りすがりの旅人が 見惚れて馬から転がり落ちそうなほど 千代女は美人であった” ということである。 数々の秀句を詠み 美人として内外に聞こえた千代女 中で、最も親しまれている句が 冒頭の”朝顔につるべ取られてもらい水”となろう。 ところが、この句が 一体、何時何処で詠まれたのかが ハッキリしないのだ。 ここは、港区の三田にある 日蓮宗、薬王寺である。 討ち入りで有名な泉岳寺とは 目と鼻の距離と言って良い。 (本堂前の百日紅は白い花をつけて、 ”散れば咲き散れば咲きして百日紅”も千代女の句) 小さいながらも 手入れの行き届いた薬王寺の片隅に 通称、”朝顔の井戸”がある。 井戸の前の石碑には 加賀千代女の有名なる句の 縁の井戸とあった。 お寺の説明では この井戸の前で 千代女が句を詠んだということだった。 加賀の国千代女が はるばる江戸まで出向き ここで詠んだのか!!!!! 話代わって こちら白山市にある 千代女の里俳句館。 以下はそこの責任者の言である。 「千代女については伝聞が主で 正確な記録は余り残っていないのですね。 ”朝顔”の句は、 こちらの調べでは 大阪か伊勢で詠まれたものだと解釈しています。 彼女が江戸にーー???? それは、あり得ないでしょうね。 年表を見る限り 千代女が江戸に行くだけの時間は無いですね。 薬王寺の井戸・・・・ 聞いたことありますよ。 千代女の句は 当時、江戸の人々に大層人気があったとか・・・ 彼女の句、綺麗で 1回聞けば忘れられませんからね。 千代女の人気に便乗して 色々出来たのも無理からぬ所でしょう。 何しろ、お墓だって 色々な所にあるくらいですからね。 でも、朝顔の句、いいですよねー!!!」 千代女は18歳の時に嫁ぐが 2年後夫と死に別れ実家に戻る。 以降再婚することは無く 52歳の時髪をおろして尼となる。 安永4年、9月 73歳の千代女は 故郷の北陸の地で帰らぬ人となる。 ”月を見て我はこの世をかしく哉” ”かしく”は女性が手紙の最後に用いる ”かしこ”と同じ、 静かでさりげない辞世の句である。
by shige_keura
| 2008-07-17 13:58
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