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思い出のプロ野球選手 -18の1- (英雄の帰還)
今日の主人公は
私にとって
特に思い入れの強い人だ。

だから、どうしても
長くなってしまう。
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34歳にして出征、
シベリアでの捕虜生活も含め
7年ぶりに日本に帰還した彼。
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電車を乗り継ぎ
彼は東京へ漸く戻ってきた。

一目散に向うは
懐かしの我が家か??

ところが、そうではなかった。

彼が向った先、
それは当時の省線で東京駅の程近く
水道橋で降り立ったのだ。

駅の向こうには
目指す後楽園球場がそびえたっていた。

一歩一歩進むにつれて
観客のさざめきが潮のように流れてくる。

そのとき彼の胸は
大きく高鳴っていたに違いない。





球場は白一色、超満員、
巨人対大映戦が程なく始まる。

しかしながら、観客の期待は
この日ばかりは試合開始ではなく
久しぶりに見るその男の雄姿だった。
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白の麻の上下に蝶ネクタイ、
ダンディーとして聞こえた男ならではである。
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捕虜生活で頬はこけ坊主頭ではあるが
精悍さは7年前と変わらない。

マウンド上に立った彼は
力強く言い放った。
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「皆様、水原ただいま元気で戻ってまいりました。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 万感胸に迫って言う言葉を知りません」
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時に1949年7月24日
水原茂41歳の夏の日のことだった。

この場面、
私はリアルタイムで見ていない。

しかしながら、
そのときの状況は
あたかも実際に見ていたかのように
手に取るように分るのだ。

戦争直後の混乱、疲弊から
漸く人々には娯楽を取りもどす
余裕が生れつつあった。

そこに、プロ野球の花形
水原茂が不死鳥の如く戻ってきた。

満員の観客のボルテージは
英雄の歓迎で最高潮に達したに違いない。

一方、水原さんとて、さぞ嬉しかったことだろう、
あの好きな野球が再び出来るなんて!!!

「万感胸に迫り・・・」!!!
これぞ、名文句だ!!!

さて、私はこの場面も見ていないばかりか
水原さんの華やかな
現役時代を知らない。

巨人の監督としての水原さんが
私の水原茂である。

それなのに、
何故、私は水原さんに魅かれるのだろうか?

単なる偶然の誕生日が同じということからか??

紅梅キャラメルの
水原茂のカードが
宝石のような存在だったからか??

そんなものではない。

数多いるプロ野球人の中で
水原さんは最も絵になる人だった。
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そして、その絵は平面的なものではなく
奥行のある味わい深い絵だった。
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明日以降のブログで
水原さんの魅力の数々を紹介したい。

 
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by shige_keura | 2009-01-08 15:10 | スポーツ | Comments(0)
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