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思い出のプロ野球選手 -18の3-(素適な老人ここにあり)
水原さんの監督成績は
1586勝と堂々としたものだ。

しかし、敗戦も1123回を数える。

だから、予想だにしなかった敗戦で
砂を噛む気持ちで帰宅したことも
度々だったろう。

そのとき、彼は奥さんに対して
決まってこう言った。

「今日は向こうが勝ったよ」

ことほどさように、水原さんは
”負ける”、”敗戦”の言葉を、
そして”負けること”を忌み嫌った。

しかしながら、水原さんは
すれすれの策略を用いてまで
勝利を我がものにしようとは思わなかった。

だから、この点で知将、策士と言われる三原脩
謀略を用いたとされる川上哲治とは
対極的なところに居た人間だったのだろう。

1957年の日本シリーズ
巨人は西鉄に0勝4敗と
完膚なきまでに叩きつぶされた。

その第1、2戦、平和台の試合終了後
別所、広岡、藤尾等面々が
外野からサインを盗まれていると
水原監督に訴え出た。

このとき、水原さんは
彼らの訴えを一笑に付し
まるで取り合おうとはしなかった。
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監督として数字上の記録は
三原さん、川上さんの方が
水原さんよりも上である。

又、監督としての器量、手腕も
同様であるかもしれない。

しかしながら、人間としての生き様は
水原さんの方に
数倍も魅力を感じてしまうのである。




水原さんは一徹居士とも言える。

こうと思ったら絶対に後に引かない。

歯に衣を着せぬ物言いは
衝突を招いた事もしばしばである。

多くのカメランを前にして
時の球団社長、品川司氏と
口角泡を飛ばせる
激論となったのは
典型的な例である。

それから、ほどなくして
水原さんは
潔く巨人監督を辞した。

水原さんは不幸にして
ご子息に先立たれている。

そのとき、不自由な足で
葬儀に駆けつけたのが
因縁の品川さんだった。

たとえ、激しい衝突をしても
一定の理解力ある人は
水原さんを分るのである。

水原さんが球界から身を引かれた後
たまたま東横線車中で
その姿をお見かけした。

吊り革につかまっている姿
その立ち姿の素晴らしかったこと。

又、浅黒く皺の刻まれた横顔は
実に素適であった。

しかし、その一方で
どこか淋しげでもあった。
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水原さんの目は
車外に流れる風景を追っていたとも見えたし
何事かを考えているようにも思えた。
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その憂愁に包まれた横顔、
誰かに似ている??
誰かを彷彿とさせる??

誰だろう?・・・・・・・・・

「そうだ!あの人だ!!」
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日本を代表する映画人、
味わいの深さは天下一品、
美しき日本の老人、笠智衆だ。

勿論、二人のイメージはまるで違う。
c0135543_1453170.jpg

笠智衆の典型的”和”に対し
水原さんは”ハイカラ”に包まれている。
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もしかすると、水原さんの最大の魅力は
日本人の持つ武士道の潔さと
西欧的な合理的精神が
理想的にミックスされていた所にあるのかもしれない。

その車中でのお姿は
酸いも甘いも噛み分け
寂しさを全て飲み込み
風雪に耐えた男そのものだった。

まさに、惚れ惚れするような
素適な老人!!!!

それが、そのときの水原さんだった。
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by shige_keura | 2009-01-10 18:03 | スポーツ | Comments(0)
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