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カテゴリ:観( 306 )
芸術の秋・食欲の秋
秋はスポーツたけなわの季節であるとともに、
芸術、食欲の時でもある。

11月7日、ここの所めっきり少なくなった秋晴れの一日、
この日をおいて芸術を楽しみ、且つ、食欲を満たす日はない。

先ず向かった先は日比谷、TOHOシネマズ・シャンテで公開中の映画、
「女神の見えざる手」を観ることであった。
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オリジナルタイトルとなっている"MISS SLOANE"(ミス・スローン)は
本編の主人公、凄腕のロビイストである。

銃規制問題で揺れるアメリカ社会、
銃規制是か非か?

巧妙な戦術を駆使して政治を裏から操るクールで美しい
敏腕ロビイストを描いた社会派推理劇である。

「恋におちたシェークスピア」「マリーゴールドホテルで会いましょう」等、
寡作ながら傑作を世に送り続けるジョン・マッデン監督の腕の冴えを
十二分に楽しむことが出来た。

監督の期待に応えたのがミス・スローンを演じるジェシカ・チャスティン、
ハリウッドの百花繚乱ともいえる多彩な人材に目を見張らされた。
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精神安定剤を常用、相手陣営を陥れるためには信頼する部下の命まで危険にさらす、
時にはストレス解消のためにエスコートクラブの男とベッドを共にする。
遂には・・・・・・、ここから先は言わぬが花。

上司までもが「君は本当に厄介だ」と言わしめる女、スローン、
アメリカ社会ならば有りうることと納得しながら
上質の推理劇に気持ち良く翻弄された。


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by shige_keura | 2017-11-10 09:53 | | Comments(0)
千姫と坂崎出羽守
小学校の頃だから、60年以上の大昔のことなのだが、
「千姫」というタイトルの映画を観た。

調べてみると本作品の公開が1954年であるので
私が10歳の時のことだと判明した。
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主役の千姫に扮した京マチ子の記憶はおぼろげなのだが、
その一方、槍を振るって姫を大阪城から救出する
勇猛果敢な坂崎出羽守(山形勲演)は良く覚えている。

何故、このような昔話を持ち出したのかというと、
国立劇場11月公演、「坂崎出羽守」を鑑賞したからだ。

今回の鑑賞は昔を思い出すだけでなく
新たなことを学んだことともなった。

それは、この演目の作者が「路傍の石」でおなじみの
文化勲章受章屋者の山本有三であり、
彼の生誕130年を記念して36年ぶりの上演となったことだ。

山本有三が「路傍の石」を出版したのが1937年なのだが
「坂崎出羽守」を完成させたのは、それより早い1921年、
名歌舞伎役者の六代目・尾上菊五郎のために書き下ろしたものだ。

その後、「坂崎出羽守」は菊五郎から、これまた名役者の二代目尾上松緑、
そして若くして世を去った初代・尾上辰之助を経て
36年ぶりに当代の四代目尾上松緑が演じている。

この作品の最も重要なところは
無骨者で直情な坂崎出羽守が千姫に対して芽生えた恋心と
姫を助け出したときに負った無残な火傷からの劣等感、
そして武士として受けた耐えがたい屈辱感、
それらの屈折した心理描写を細緻に表現するところにある。

それを、当代松緑は初役で
獅子奮迅の熱演で応えようとしているのは良く分かるが
まだまだ、祖父・二代目松緑と比較云々ではないと感じた。





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by shige_keura | 2017-11-07 15:20 | | Comments(0)
世界の「桑畑」と「椿」

渋谷東急本店で行われている、
三船敏郎映画デビュー70周年記念展
「世界のミフネと呼ばれた男」を覘いた。

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世界に誇る日本の大スターの美辞麗句が躍る中、
彼の出演映画はもとよりプライベートを紹介した多数の展示が行われていた。

三船敏郎、彼の存在感、カリスマ性を認めることに吝かではないが
彼の演技力を含めた代表作はどの作品になるのだろうか。

ヴェネチア映画祭で初のグランプリに輝いた「羅生門」で
最も光り輝いたのは京マチ子であり次に森雅之、
三船は主役3人の中では最も影が薄いと感じた。

映画史に残る大娯楽作品の「七人の侍」では
菊千代を演じた三船の異彩を放つ演技は認めるが
志村喬、宮口精二の存在感には及ばなかった。

黒沢明の現代劇で最も面白い「天国と地獄」でも
仲代達矢、山崎務に比べると三船は一歩及ばぬと感じたのは私だけだろうか。

オムニバスとも思える、数々のエピソードを巧みに積み上げた「赤ひげ」、
三船の豪胆な医者は天才子役二人、二木てるみと頭師佳孝にたじたじとなった。


三船敏郎が世界のミフネと呼ばれるほどの存在感を発揮した作品は
「用心棒」と「椿三十郎」に尽きると思っている。


桑畑とは映画、「用心棒」の冒頭で
名前を問われた主人公の素浪人が
一面の桑畑を見やりながら「桑畑三十郎」と野太い声で答えた名前だ。   

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続編となる「椿三十郎」では
隣の椿屋敷に咲く椿を見やりながら自分の名前を桑畑から椿へと変えている。
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「用心棒」の舞台は上州を思わせる空っ風が吹きすさぶ宿場町、
そこのやくざの縄張り争いに桑畑三十郎が割って入る物語。

続く「椿三十郎」はある藩のお家騒動に三十郎が加勢するお話で、
ともに似たようなストーリーとなっている。

ここでクローズ・アップされるのが敵役で両作品に登場する仲代達矢である。

「用心棒」では短銃を懐にしのばせるニヒルなやくざ卯之助、
「椿三十郎」では剃刀を思わせる凄腕の家臣、室戸半兵衛、
若き日の仲代達矢、一世一代の演技である。

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(「用心棒」の三船敏郎と仲代達矢)

一般的に映画では悪役が強そうに悪そうに見えれば見えるほどに
主人公の存在感が一層引き立ってくるのだが、
まさに仲代があればこそ三船敏郎の存在感が圧倒的にスクリーンを支配している。

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                   (「椿三十郎」最後の決闘、三船対仲代)
稀代悪役が放つ毒の花を余裕をもって受け止めて主役は誰にも譲らない、
まさに世界のミフネが君臨した作品である。


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by shige_keura | 2017-10-27 18:14 | | Comments(0)
ピカソと紫陽花
ピカソが紫陽花の絵を描いた事ではない。
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6月15日、梅雨の合間の晴れの日、
暑さを感じるが、時折涼やかな風が吹き抜けていく。
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ここは高級住宅地と言えば田園調布、
お馴染みの並木道を洒落た邸宅を見ながら進むと宝来公園。
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そこを右に入ってすぐの所に本日の目的地が現れる。
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福岡に続き「みぞえギャラリー」が、
ここ田園調布にオープンしてから5年を記念して
「ピカソ、その芸術と素顔」と題した特別展示が行われている。
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瀟洒な日本家屋は数十年前に一代で巨億の財産を築きながらも
波乱万丈な生涯を送った横井英樹氏が建てたと伝わっている。
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入館無料ながら訪れる人の数は平日の為か多くないので
ゆるゆると天才の芸術2点を鑑賞した。

ひとつはピカソが没する1年前(1972年)に描いた「男の顔」、
そしてゲルニカ空爆の前日に完成した「静物」だ。
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ゲルニカ空爆とは、
スペインが右派と左派に分かれて内戦に突入した最中、
フランコ将軍と手を組んだドイツ空軍が
1937年4月26日北部バスク地方の最古の町
ゲルニカを徹底的に破壊したものである。
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悲劇の一報をパリで聞いたピカソは
パリ万博の壁画に当初の予定を変更してゲルニカの悲劇を描く事を決心し
3.5メートル×7.8メートルの大作を1か月余りで完成させた。
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ゲルニカの壁画はむごたらしい惨状を
ピカソ独特のタッチで描き彼の傑作として
後世に伝わることとなっていった。

ここ、田園調布ギャラリーで見る「静物」は
ゲルニカの悲劇の前日を表すかのような
「嵐の前の静けさ」の雰囲気が伝わってきた。

展示のもうひとつのテーマ、「素顔」は
ピカソの晩年に家族のように寄り添うように暮らしたカメラマン、
ロベルト・オテロの数十にも及ぶ作品が展示されていた。

そこには娘に捧げるピカソの愛情に満ちた表情、
それとは対照的なスピーチに臨む前の
ピカソと関係者の緊張の糸が張りつめたかのような写真が印象的だった。

日本庭園を見ながらお茶に羊羹のサービスを満喫しギャラリーを出る。
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目的は無く足の向くまま坂を上り下りして
多摩堤通りを丸子橋を目標に進む。
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陽の照りつける中の散歩、
疲労感が増す頃に思い出したのが
多摩川台公園の紫陽花が見ごろだと言うことだった。
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公園内にはご同輩がスケッチをしたり写真を撮ったりと賑やかな事。
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紫陽花の種類も昔とは比べ物にならぬほど多くなり目移りがするが、
私は定番のブルーのものが最も好ましく思える。
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梅雨の合間の晴天の一日、
ピカソと紫陽花で充実した気分となった。
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by shige_keura | 2017-06-23 09:51 | | Comments(1)
祭のあとの祭りの準備
競馬最大のお祭りと言ったら
「ダービー」(東京優駿)であることに異論をはさむ人は居ないだろう。

満3歳を迎えた若駒、7,500頭から選ばれし18頭が
一生に一度のチャンスを掴もうと晴れの舞台で躍動する。

               (2017年ダービー優勝馬、レイデオロ)
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馬を管理する調教師の人たちは、よくこんなことを口にする。

「ダービーが終わった翌日から
 来年のダービーに向けての準備が始まるのです」。

とは言え、ダービーが終わった翌週の土曜日の競馬場は
どことなく緊張感が解け放たれ、ゆったりとした気配が流れている。

中高校の先輩であり、敬愛する故山口瞳さんは
人気連載「男性自身」のなかで「ダービーのあと」と題して
東京競馬場に流れるゆるりとした雰囲気をものの見事に表現していた。

確か、こんなことが書いてあったように思うのだが。
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「春競馬のクライマックス、ダービーが終わった府中、
 そこはかとなくのんびりとした空気が漂っている。
 それはダービーが無事終わったあとの安堵感から来ているのだろうか。

 馬の数も気のせいか少ないようだ。

 すでに夏競馬の福島、新潟、北海道に旅立ってしまったのだろうか。

 ひと際逞しくなった馬たちが戻ってくる秋には
 違った名勝負が繰り広げられることだろう。」

6月3日晴天の土曜日、すなわちダービーの翌週、
府中競馬場に足を運んだ。

この季節に富士山がくっきり見えるのは珍しい。
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それほど空気は澄んで清々しい日だった。

この日のお目当ては午後の最初のレース、第5レースである。
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このレースは関東地区で行われる
最初の2歳馬のデビュー戦、つまり新馬戦である。

この年代の2歳馬が何頭いるのか知らないが
恐らく7,800頭はいるだろう。

その若駒が来年のダービーを目指す最初のレースなのである。

レース開始前30分、パドックに16頭の若駒が入場してきた。
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生まれてはじめてのレース前のパドック、
キョロキョロあたりを見渡す馬、
早くも胸前に汗を滴らせている馬、
古馬のように落ち着いている馬、
チャカチャカとせわしない歩様で歩く馬。

中では4番のビリーバーの気配の良さが目立っていた。
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4番人気とそれなりに人気を集めているのだが、
最大の懸念が騎手の岩部、
こういっては悪いが決して上手いジョッキーとは言えない。

御贔屓の田辺のブショウ(2番人気)か
柴田大地のヴイオトボス(3番人気)とも考えたが
結局は自分の目を信じ岩部のビリーバーをビリーブ(信頼)することとした。
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ゲートが開いて来年のダービー目指して
16頭が力強い蹄音を響かせ4コーナーから
府中の長い直線に入ってきた。
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残り200メートルの所で内をついて
4番のビリーバーが先頭に立ちゴールを目指す。

脚色は良いが抜け出すのが早すぎるのでは?

その懸念はゴール前で現実となった。

真ん中と外から2頭の馬がビリーバーを交わし
ゴール板を馬体を接するように駆け抜けた。

掲示板には1着12番ヴィオトボス、
2着14番ブショウ、3着4番ビリーバーと揚がった。

「うーん、残念、やはり騎手の腕の差が出たか」。

馬券戦術には負けたが、
本シーズン初の新馬戦を大いに堪能した。

来年のダービーにはどのような18頭がコマを進めてくるだろうか。

ダービーが終わった次の日から
来年の祭りの準備が始まったのだ。
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by shige_keura | 2017-06-06 21:58 | | Comments(0)
仮名手本忠臣蔵は女が手本
12月の国立劇場は10月から3か月連続完全通し上演
「仮名手本忠臣蔵」の八段目~十一段目である。
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12月になると毎年、舞台やテレビで取り上げられるのが赤穂義士のお噺だが、
今回は3か月累計上演時間が15時間にも達すると言う超大作である。

人気演目だけにお客様も大勢、
中には丸髷のご婦人が彩りを添えている。
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12月はいよいよ本懐を遂げるクライマックスである。

しかし、お噺の中心は九段目の山科閑居の場である。
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ゆったりとしたテンポで進む九段目、
時には眠気を覚えたものの、
お芝居の為に作られた人物・加古川本蔵にまつわる顛末が興味深かった。

加古川本蔵は桃井若狭之助の家老で、
短気な殿を慮って高師直(吉良上野介)に賄賂を届け
主君の刃傷を未然に防いだ。

更には塩冶判官(浅野内匠頭)が刃傷に及んだ時に
後ろから抱え大事を防いだ男だ。
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判官と本蔵の因縁はこれだけではない。

本蔵の娘、小浪と由良之助の長男、力弥は婚約していたのである。

本蔵の母は小浪を嫁にやる為、
雪の降る中、山科の大星の閑居を訪ねた。

ところが、大星の妻、お石は
主君の刃傷の一件から、結婚を承知しない。

このように忠臣蔵は男の世界だけではなく
女の因縁話が重要な鍵を握っている。

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by shige_keura | 2016-12-27 11:06 | | Comments(0)
クリスマス ワンダーランド
12月20日、渋谷、東急シアター・オーブで
一足早いクリスマス気分を味わった。
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クリスマスにまつわる歌はどれもが美しく楽しく
子供の頃の時代へと呼び返してくれる。
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クリスマスの歌は嫌いだと言う人は
まずお目にかかったことがない。

アメリカではクリスマスの季節が近づくと
各地でクリスマス・ソングを主役に
様々なミュージカル、ショーが繰り広げられてきた。
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始まりは1933年ニューヨークのラジオシティで行われた
「ラジオ・シティ・クリスマス・スペクタキュラ―」であり、
今や冬の風物詩となっているが
そのほかの各地でも様々なショーが上演されている。

今回のシアター・オーブは
「ブロードウエー・クリスマス・ワンダーランド」の日本初演である。
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ステンドグラスが輝くクリスマスタウン、
氷と雪の世界、巨大なクリスマスツリーにサンタクロース、
そしてスケートリンクの華麗な舞等々が
おなじみのクリスマス・ソングに乗って夢の世界へと誘ってくれる。
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流れる調べは「赤鼻のトナカイ」「ウインターワンダーランド」
「ブルークリスマス」「サンタが街にやってくる」「聖夜」「ジングルベル」等、
新しいところでは1994年マライア・キャリーの
「恋人たちのクリスマス」も登場する。
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そして定番の「ホワイトクリスマス」が
観客とのハーモニーで会場いっぱいに流れる。

今年は政治経済、自然環境、「まさか、まさか」の連続だった。
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この日の歌が世界を平和に導いてくれると良いと願いつつ
一時のクリスマス気分を満喫した。
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by shige_keura | 2016-12-25 13:40 | | Comments(0)
「春の小川」逝く
黒柳徹子さんに「春の小川」と評されていたアナウンサー、
司会者の小川宏さんが11月29日亡くなられた。

享年90歳、慎んでお悔やみ申し上げます。

「春の小川」とは言いえて妙、
小川さんの穏やかな雰囲気、
優しい笑顔で親しみ深く語りかける話術は
春の陽を受けて静かに流れる小川そのものだった。

          (「ジェスシャー」のレギュラー、
           小川さんを挟んで柳屋金梧楼さんと水の江滝子さん)
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小川さんは民放の朝のワイドショーの顔として長らく務めておられたが
私にとっての彼はNHK人気番組「ジェスチャー」の名司会者である。

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by shige_keura | 2016-12-09 09:22 | | Comments(0)
「藪の中」が生んだ傑作
ここは京王線「多磨霊園駅」から
徒歩5分ほどの所にある聖将山「東郷寺」。
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枝垂桜の大樹の背後に
威風堂々の山門がそびえている。
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開基は1940年と新しく、
聖将山との山号がユニークこの上もない。
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聖将に東郷と言えば、日露戦争を勝利に導いた
東郷平八郎元帥が先ず頭に浮かぶ。

「その通り!」
ここは元はと言えば東郷平八郎の別荘の跡地なのだ。

「東郷寺」は彼の死後、
元帥を慕う人たちによって建てられた日蓮宗の寺なのだ。

原宿に東郷神社、郊外に東郷寺なのだから
東郷平八郎は稀有の存在だったのだ。

さて、この寺の山門が有名になったのは
黒澤明1950年製作の傑作、
「羅生門」のモデルになったと巷間伝えられているが、
果たして本当なのだろうか?

                (映画「羅生門」のセット)
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映画に出てくる羅生門は2階建て、
一方の東郷寺の山門は似ているとは言え2階は無い。
               (「東郷寺」の山門)
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映画の原作である芥川龍之介の「羅生門」は
朱雀大路にあった平安京正門の「羅城門」に由来している。

平安京の羅城門は跡地に石碑を残すだけだが、
復元図が当時の姿を今に伝えている。
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黒澤明は「東郷寺」山門の存在は知っていたとはいえ
実際の映画でセットとして組み立てたものは
あくまでも「羅城門」をモデルとしたものだと思う。

何故ならば、復元図と映画の羅生門は瓜二つとまで似ているからだ。

映画の「羅生門」は1950年製作、
原作は芥川龍之介の「羅生門」と「藪の中」を組み合わせたものにしている。

監督・黒澤明、脚本・橋本忍、音楽・早坂文雄、撮影・宮川一夫、
そして主演の一人が三船敏郎ならば東宝作品である筈だ。

ところが、この映画の製作・配給は大映である。

偶々、映画化の話が起きたとき、東宝は深刻な労働争議に突入、
黒澤明は退社してフリーとなったので
橋本忍と脚本を練り上げ大映に持ち込んだのだ。

当時の大映社長はワンマンで「ラッパ」の異名を取っていた永田雅一、
当初、映画化には全く乗り気ではなかった。

しかも、黒澤明が予算無視して金をつぎ込み
桁外れなセットを組んだことで腹を立てていた。

何しろ、山門の大きさが間口33メートル、奥行き22メートル、高さ20メートル、
資料に残されていた「羅城門」のサイズとほぼ同じものを作ったのだ。
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周囲1.2メートルの巨材18本を使い、
延暦17年と彫り込んだ屋根瓦を
4,000枚作らせてしまったのだから凝りようは尋常ではない。

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by shige_keura | 2016-12-06 10:18 | | Comments(0)
空の玄関口の映像祭
2012年から行われている「蒲田映画祭」の一環として、
今回、「蒲田映像フェスティバル」が、
東京の空の玄関として発展し続けている
羽田国際空港ターミナルで行われた。

「蒲田映像祭」が何故羽田で行われるのか?

これに対する答えは以下の通りだ。

映像の原点とも言える映画の聖地が
蒲田であることは衆目一致している。

その蒲田から驚くべき進化を遂げている映像は
瞬時に世界を飛び回っている。

従って、「蒲田映像祭」のお披露目として
国際色豊かな羽田国際空港は絶好の開催地なのである。
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2012年から始まった「蒲田映画祭」のお客様は主に大田区民。

映画祭の目的は、かつて栄華と共に発展した
「キネマの天地・蒲田」を、お客様と主催者が共有することで
街の活性化を進めていくことにある。
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それが、今回は蒲田だけでなく、
蒲田から飛び出して大田区の要所である羽田から全国に、
そして海外に主に映像を通じて、
日本の美・技・心を伝えることを意図した壮大な仕掛けである。

開催は11月2,3の両日。
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オープニングプログラムは伊勢神宮の式年遷宮を中心に据えて
太古の昔から森や海、川と共生を続けてきた
日本人の心に迫ったドキュメンタリー映像「うみ やま あひだ」。
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写真家である宮澤正明氏の手によって描き出された画面は
あくまでも美しく厳かで観る者の胸を打つ。
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2日目は若き工学院学生たちによるアニメとコスプレで幕が開いた。

授業の一環として行われたイベントは浮ついたところはどこにも無い。

思い思いの役に扮した舞台上のコスプレの熱演、
それを熱心に食い入るように見つめていた学生たちの姿、
共に印象深いものがあった。
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牧野健太郎氏による浮世絵の拡大図を使っての説明はユニークこの上もない。

浮世絵原画では見過ごしてしまう細部に打つ出されているもの。
それは当時の江戸庶民の背伸びはせずともお互いに思いやり、
人情に満ち溢れ、生き生きとした日常生活である。

スイス人ファミリー6人組による
外国人の視点で描かれた映像には
我々、日本人が、ともすれば忘れがちな日本の良さが一杯につまっていた。

好奇心と行動力に溢れたスイス人家族は
日本人の忘れ物を心優しくも届けてくれたのである。

最後を飾ったのは人気現代墨絵アーティスト、
茂本ヒデキチ氏のトークショーと墨絵のライブイベント。
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所要時間は僅かの20分。

真っ白な紙に筆に含ませた墨を散らすことでパフォーマンスが始まった。
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開始2、3分を過ぎたころ、
何が現れてくるのか?? 全く見当がつかない。
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ほどなくして、何やら馬のような、
ペガサスとも連想させる形が描かれてきた。
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15分ほどで、騎馬侍の雄姿が徐々に浮かび上がってきた。
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イベントが行われた羽田の江戸舞台に相応しく、
戦国の騎馬武将が見事に登場!!

手練の技が観客を魅了した。
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ヒデキチさんは言う。
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「筆が動いている間が作品であり完成したものは私にとっては作品ではない」。

含蓄のある言葉だが、それが真に腑に落ちたライブイベントであった。
               (スイスファミリーも墨絵に魅了)
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会場の外では昔懐かしい「縁台将棋」。

そこでは、老いも若きも街の将棋自慢が
島九段をはじめとするプロの棋士相手に
一世一代の名人戦を繰り広げていた。

国際空港に、かつての日本人がこよなく愛した人間の繋がり、
縁台将棋を取り入れたユニーク溢れる趣向である。
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秋晴れの両日、羽田を発着する飛行機の数々、
今回のイベントが少しでも羽に乗って様々な場所に運んでくれることを望む。

日本人は自分たちが持つ歴史の深さ、
心の清らかさ、匠の技を決して忘れてはいけない。
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                (映画「うみ やま あひだ」の一場面)
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by shige_keura | 2016-11-11 14:20 | | Comments(0)



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