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カテゴリ:観( 303 )
遥かなる昭和・本物のタレント群像 -6-
1968年、テレビのコマーシャルに登場した巨泉さんから
突如、わけのわからぬ言葉が飛び出した。

リズム感抜群ながら意味不明の言葉は
倒産寸前だったパイロット万年筆を奇跡の復活へと導いたのだから
視聴者に与えたインパクトは半端ではなかった。
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「みじかびの、きゃぷりきとれば、すぎちょびれ
 すぎかきすらの、はっぱふみふみ、   分かってね!」

コマーシャル撮影の為スタジオ入りした巨泉は
台本を一目見るなり「面白くない」と一言、
そしてアドリブで奇妙な言葉が飛び出した。

この時代、植木等、谷啓等が
盛んに意味不明の言葉を使って話題を呼んだ。

「ハラホロヒレハレ」とか「ガチョー-ン」という言葉を覚えておられるだろう。

巨泉さんがこの言葉に込めた意味はこうなのだ。

「ポケットに入りやすくした短い万年筆、キャップを取って後ろにつければ、
 あとはすらすらと書けてルンルン気分」。

なんとなくわかるような気がするが、
そんなことよりも巨泉のリズム感には仰天した。

これには続編が登場した。

「すぎしびの、ほねのすねにて、はぎりでら
 すらりぺらぺら、はっぱのりのり」、

このあとに彼の歯切れの良い言葉が続く。

「僕が言いたいのはね、18金キラ、キンキンの万年筆の書き味が
 “のりのり”か“ふみふみ”だってこと。
 ここはやっぱり“ふみふみ”だね」。

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by shige_keura | 2016-07-30 18:03 | | Comments(0)
遥かなる昭和・本物のタレント群像 -5-
「金曜11」の中で、大橋巨泉は多彩な才能を発揮していた。

視聴者参加の「11ダービー」は
言ってみれば二人を競馬馬に見立て、
参加者の選ぶ番号によって進むコマが決まり、
どちらが早くゴールに辿りつけるか、
いわば双六と同じ至極単純なゲームである。
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これを人気コーナーとしたのは
大橋巨泉の話術の賜物と言って間違いない。

こんな、言葉が度々彼の口から飛び出した。

視聴者が電話で選んだ数字が、例えば「へ5番」とする。

巨泉曰く、「あッ、への5番ね、これが凄いへで・・・・」、
雪路は又かといった顔をしながらも吹き出す。

巨泉だからこその面白さだと思う。
               (11PM本番前の打ち合わせ中の巨泉と雪路)
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そのほか、競馬勝ち馬予想、麻雀、釣りにゴルフにボーリング、
そして番組では殆ど取り上げなかったが将棋も玄人はだしだった。

競馬をはじめとする博打、将棋の世界に精通している
作家の山口瞳さんは巨泉の才能に驚嘆したことがあった。

巨泉が将棋の世界に入ったきかっけを作ったのが山口さんなのだが、
わずか半年後には平手で勝てなくなるほどの上達を見せたと言う。

「巨泉さんは何事にも真面目に真剣に取り組んでいる。
 あの人は才能もあったのは確実だが努力も半端じゃない」。

これが山口瞳の巨泉評である。

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by shige_keura | 2016-07-28 20:24 | | Comments(0)
遥かなる昭和・本物のタレント群像 -4-
1965年、テレビにとっては不毛の時間帯の深夜に挑戦した番組が現れた。

NTV系列で始まった「11PM」、
まさしく当時の深夜と言われた23時から1時間もかけたバラエティ番組だった。

月・水・金は関東、火・木は関西がキーステーションとなって始まった「11PM」は
お色気という新たな味付けを盛り込んだことで
深夜としては驚くべき視聴率を叩き出した。

私が観たのは主に関東製作「11PM」、
月曜日と水曜日は小島正雄のスマートな司会が印象的だった。
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彼は1913年の生まれ、NHK入社するも戦後復員してからは
名門ジャズバンド「ブルー・コーツ」のバンド・マスターとして活躍し、
コーラスグループの「ダークダックス」「ボニー・ジャックス」
「スリー・グレイセス」の生みの親として名高い。

これから更なる活躍が期待された56歳の時に
心筋梗塞の為突然この世を去り世間を落胆させた。

金曜日の11時が楽しみのお時間、「金曜11」の開始である。

ジャズ評論家でピアニストでも活躍した三保敬太郎の
軽快なアップテンポのテーマが流れる。
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画面には網タイツの女性の動画、
そしてお色気一杯のジューン・アダムスがウインク!
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「バー・サバダバ、ダバダバ・・・・」。

続いて、金曜日の司会者大橋巨泉と
朝丘雪路のお馴染みのセリフが流れる。
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「金曜のイレブンは、司会は巨泉、野球は巨人の大橋巨泉と」(巨泉のセリフ)
「朝まるで弱い朝丘雪路」(雪路のセリフ)の司会でお送りします。

ここからはページを割いて最も敬愛したタレントの一人、
大橋巨泉の思い出を語りたい。

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by shige_keura | 2016-07-26 23:24 | | Comments(0)
遥かなる昭和・本物のタレント群像 -3-
1961年4月から1966年までNHKに登場したのが「夢であいましょう」。

一方、同じ年の6月から1972年までNTVで放映されたのが「シャボン玉ホリデー」
共に大ブレークした懐かしの音楽バラエティである。

まずもって、堕落の一途をたどるNHKが
「夢であいましょう」のような小粋でハイセンスな番組を作っていたということが驚きだ。

それに、比べ現在のNHKの歌番組は
昔のデパートの大食堂さながら、
企画の意図がまるでないので、上手く演出することなど出来るはずがない。

典型的な時間の無駄番組と落ちぶれている。

当時のNHKとしては22時~22時半と遅い時間帯に流していたが、
高校生の私は毎週楽しみにテレビにかじりついていた。

番組の冒頭と最後に進行役で登場したのが
ファッション・モデルでお上品な中島弘子、
彼女の首を右に傾けながらの挨拶とお辞儀はいつ見ても魅力的だった。
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「夢であいましょう」は数々のタレント、逸話を残したが最大のヒットは今月の歌。

ここから伝説の「六・八・九」コンビの「上を向いて歩こう」が生み出された。
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「六・八・九」とは作詞の永六輔、作曲の中村八大、
そして日航ジャンボの墜落の犠牲となってしまった坂本九である。

永六輔、中村八大は次々と今月の歌でヒットを飛ばしていく。

“知らない町を歩いてみたい・・・”、ジェリー・藤尾の「遠くへ行きたい」。

“こんにちは赤ちゃん、私がママよ・・・」、梓みちよ、
               (こんにちわ赤ちゃん)
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”いつもの小路で目と目があった・・・」、田辺靖雄、

”幼馴染の思い出は、青いレモンの味がする・・・・」のデューク・エイセス等、
今でも歌詞とメロディーが懐かしく脳裏に焼き付いている。

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by shige_keura | 2016-07-26 09:01 | | Comments(0)
遥かなる昭和・本物のタレント群像 -2-
「昨日(きのう)の続き」。

ラジオ関東(現・ラジオ日本)で1959年から1971年まで
12年間もの長きにわたって放送された人気トーク番組だった。

富田恵子は番組アシスタントとして毎回登場し
二人の男性のトークのお相手をしていた。

番組の最後に必ず彼女が言う爽やかな口調が印象的!

「今日の話は昨日の続き、今日の続きはまたあした、
提供は参天製薬、声とアイデアは前田武彦、永六輔(大橋巨泉)、
そして私、富田恵子がお送りしました」。

リズム感抜群のフレーズは当初は、番組ゲストだった
大橋巨泉が考えたものだと本人が語っていた。

レギュラー永六輔の、なんとも独特な声に驚いた覚えがあるのだが、
切れ味と間合い抜群のトークに魅了された。

大橋巨泉は或る日、突然スタジオに来なくなった
永六輔に代わっていつしかレギュラーとなった。

永六輔は当時から番組降りの名人として仲間内で有名だったとか。

私にとっては永六輔よりも大橋巨泉の方が
前田武彦とのコンビネーションが上手くいっているように感じた。
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あの大橋巨泉をして「話術の天才」と言わしめたのが前田武彦なのだから、
それだけでも番組は大成功したようなものである。
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この二人が組んだのが「巨泉・前武 ゲバゲバ90分」、
二人で1時間半の長丁場を飽きることなくこなせたのも
「昨日の続き」があったからこそと私は確信している。

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by shige_keura | 2016-07-24 22:09 | | Comments(0)
遥かなる昭和・本物のタレント群像 -1-
「そして誰もいなくなった」、ミステリー作家の第一人者であった
アガサ・クリスティ女史による
1939年に発表された長編推理小説のタイトルだ。

このタイトルさながらにショッキングな出来事が続いた。

7月7日に亡くなった永六輔のあとを追うように、
5日後の12日、大橋巨泉があの世に旅立ってしまった。
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私が敬愛する真のタレントは遂に居なくなってしまった。
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思えば昭和の時代はキラ星のごとく現れた真のタレントが
妍を競うように我々の目・耳を楽しませてくれたものだった。

それに比べると平成の世にテレビ、ラジオに出てくる
タレントと自ら名乗る人たちがなんと薄っぺらいことか!

我儘と言われようが、殿さまと言われようが、
生意気、自分勝手と批判されようが、
自らの意見を貫き、様々な分野で絶大なる存在感を示した昭和の真のタレント!

遥か遠ざかりゆく昭和、惜別の想いを込めて
我々を楽しませてくれた偉大なタレント群像を振り返ってみたい。

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by shige_keura | 2016-07-23 23:24 | | Comments(0)
奇跡の人逝く
1962年、「奇跡の人」でアカデミー助演女優賞を得たパティ・デュークが亡くなった。
享年70歳、慎んでお悔やみを申し上げます。
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「奇跡の人」は生後2歳の時の病気がもとで
目が見えず、音が聞こえず、言葉も喋れない、
三重苦を背負いながらも教育家、社会福祉活動家として
世界的に知られたヘレン・ケラーの子供時代を描いた作品だ。

「奇跡の人」のオリジナルタイトルは”The Miracle Worker“。
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このタイトルが示すように、作品の主人公はヘレン・ケラーというよりも、
粘り強く彼女の面倒を見た家庭教師のアニー・サリバンである。

この映画は監督賞のほかに、二つの女優賞を獲得するが、
主演女優賞はアニー・サリバンを演じたアン・バンクロフトが獲得し
ヘレン・ケラーを演じた当時16歳のパティ・デュークは助演女優賞を得た。
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この作品は地味な映画ではあるが
絶望の淵で荒れ狂う一人の少女と
強い信念を持って更生に導く家庭教師の関係が
赤裸々に語られていく迫真のドラマだった。

特に井戸の水を手で受けたヘレン・ケラーが
”water”と叫ぶ場面は観る人すべてに大きな感動を与えた。
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ヘレン・ケラーを演じたパティ・デュークは1946年の生まれ、
父がアルコール依存症、母が鬱病と不幸な子供時代を送った。

のちに8歳の時に里子に出されるが、
そこで子役としての才能が見いだされ
1959年、13歳の時にブロードウエイの舞台で
”The Miracle Worker“のヘレン・ケラーを演じ大きな注目を集めた。

恐らく、パティ・デュークが幼いころに経験した不遇が
ヘレン・ケラーを演じるに大きなプラス材料として働いたのだと思う。

舞台劇のヒットを受けて1962年に映画化されたときに
彼女は16歳にしてアカデミー助演女優賞を獲得した。

これは、その後テータム・オニール(10歳で助演賞獲得)に破られるまで
最年少アカデミー賞獲得記録だった。

その後、パティ・デュークは1979年のときにテレビ映画でリメイクされた
”The Miracle Worker“で家庭教師役のアニー・サリバンを演じた。

従って、パティ・デュークこそ正真正銘の「奇跡の人」、
”The Miracle Worker”なのである。

彼女はテレビのヒットバラエティ「パティ・デュークショー」で日本にも紹介されるが、
二役を演じコメディ・タッチの番組から
ヘレン・ケラーの面影を見出すのは難しかった。
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ここで実在したヘレン・ケラーとアニー・サリバンを紹介しよう。

三重苦を抱えたヘレン・ケラーの両親は
当時、聴覚障害児の研究に当たっていた
グラハム・ベル(電話の発明者)に相談した。

その結果、家庭教師として派遣されたのが
自らも視覚に問題を抱えた経験があるアニー・サリバンだった。

彼女は自らの体験をもとに粘り強くヘレン・ケラーに接し
「しつけ」「指文字」を教え込みつつ彼女の口から言葉が発せられる努力を重ねた。
               (当時のヘレン・ケラーとアニー・サリバン)
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ヘレン・ケラーは後年、障害を克服し教育者としてなっていくが
その陰で、アニー・サリバンの50年にも及ぶ指導があったのである。

アニー・サリバンは1936年、ヘレン・ケラーに看取られ
70歳にしてこの世を去った。

又、ヘレン・ケラーは1968年88歳で天寿を全う、
その間、2度の来日を果たし、教育家福祉家としての講演を行った。
               (パティ・デュークとヘレン・ケラー)
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映画「奇跡の人」は今や、多くの人からは忘れ去られた存在となっているが、
現在の教育の在り方、躾の問題が取りざたされる中で、
もういちど多くの方々に観てもらいたい作品だと思う。
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by shige_keura | 2016-03-30 10:56 | | Comments(0)
区境の競馬場
東京23区内の面積最大を誇る大田区だが、
その昔は大森区と蒲田区に分かれていた。

合併したのは1947年になるが、
新たな区の名前の決定が紛糾し、
究極の妥協案である大森区の「大」と
蒲田区の「蒲」の字を貰って大田区となったと伝えられている。

2月13日快晴の日曜日、京急蒲田駅を出発し、
かつての区境を歩くユニークな町歩きに参加した。

2時間半ほどの行程の最後が池上線の
池上と蓮沼の中間点にかつて存在した
「池上競馬場」の跡地見学だった。
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「池上競馬場」の存続は僅か5年(1906~1910)、
跡地には区が設置した記念プレートがあるだけで
往時の面影は何処にも無い。
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しかしながら日本競馬史における
「池上競馬場」の存在は大変意義深いものがある。

その理由は二つある。

一つは、競馬場設立の後ろ盾となったのが、
日本初の競馬政府公認社団法人・「東京競馬会」があったということ。

もうひとつは、この競馬場で
日本人の経営によって初めて馬券が売られたということである。

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by shige_keura | 2016-02-28 17:34 | | Comments(0)
晩年の光り輝き
今評判の「ニューヨーク 眺めのいい部屋貸します」、
オリジナルタイトル、”5 Flights Up”を観た。

眺望は良いがエレベーターの無いアパート、
5階までの上り下りがしんどくなった夫婦が引っ越しを考える。

さー、そこからはアパート仲介業者、入居希望者、夫婦の転居先、
アメリカ社会のビジネス性、アメリカ人のメンタリティを絡めて話は進む。

進むといっても展開は淡々と流れる水のごとしであり
結末は大体推測できるのだ。

そうなると、退屈極まりない作品になりがちだが、
それを評判の作品に仕立て挙げているのが主役の二人。

ほぼ満員の場内、主演の二人、
モーガン・フリーマンとダイアン・キートン、プロの掛け合い、
流石の演技をじっくりと堪能している気配がひしひしと伝わってきた。

小川が音も立てずに静かに流れゆくかのような本作品のリズム、
それは名優・モーガン・フリーマンと初めて出会った映画
そのときの雰囲気と似通っている。

そして、その作品で私は人生の晩年にさしかかっているにも関わらず
燦然と光り輝く素晴らしい女優に出会った。
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映画は1989年製作の「ドライビング Miss デージー」、
女優の名前はジェシカ・タンディである。

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by shige_keura | 2016-02-23 21:09 | | Comments(0)
大東京の生命線
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2月11日、快晴の建国記念日、
有栖川公園の梅は7分咲き、メジロが盛んに蜜を吸っている。
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子供たちの嬌声が早春の風に乗って聞こえてくる中、
今日の目的地に向かって歩を進める。

中央図書館で行われている展示
「東京の鉄道史 -鉄道が描いた都市 東京-」、
とりわけ、現代アート「東京動脈」がお目当てである。

この作品は2007年、当時、東大大学院に所属していた
栗山貴嗣さんによるものである。

東京の営団地下鉄路線を
三次元で表したユニークな作品で、
9路線のチューブの中には、
それぞれのシンボルカラーで染められた水が
あたかも地下鉄車両のように動いている。
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子供のころに瓶で作った蟻の巣を思い出すような
三次元地下鉄路線を眺めてみると
高低差の際立ちに驚かされる。

その昔、技術が伴わなかった頃の地下鉄はあまり深くないので
低い土地、例えば「渋谷」「四谷」等
「谷」のところでは地下鉄が地上に顔を出すこととなってしまった。
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一方、掘削技術の進化に伴って、
近年開通した路線は地下深く潜んでいる。

網の目のような現代東京の地下鉄網、
題名が「東京動脈」と謳っている如く、
こうやって眺めるとまさに人体の血管だ。

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by shige_keura | 2016-02-19 09:03 | | Comments(0)



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