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カテゴリ:観( 307 )
杜若と燕子花
タイトルの読み方は共に同じ、カキツバタである。

「いずれアヤメかカキツバタ」、優劣の判断が難しい例え、
両雄共に皐月が旬の花である。
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カキツバタは古来はカキツハタと呼ばれていた。

すなわち、昔はこの花の汁を摺って
衣に染める為の染料として使われたことから
「掻付花」或いは「書付花」(カキツキハナ)と呼ばれた。

現在の漢字「杜若」と「燕子花」、何故二つあるのか?
定かではないが共に漢名の借用である。

ただ、杜若はツユクサ科のヤブミョウガであり
燕子花はキンポウゲ科に属しているというから
一体全体、どうなっているのか?何だかよく分からない。

私が親しんだ漢字名は「杜若」であり
「燕子花」をカキツバタと読むと知ったのは今日が初めてだ。

さて、カキツバタは愛知県の県花である。

それは「伊勢物語」で有原業平が
三河国・八橋でカキツバタの歌を詠んだことに発している。
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「から衣、きつつなれにし、つましあれば、はるばる来ぬる、たびをしぞ思ふ」
この歌は「折句」と呼ばれる技法が取り入れられている。

すなわち、各句のはじめの語を繋げると「かきつはた」になるのだ。

又、この歌は京都を旅立ち東下りの途中で詠んだもので、
句のひとつの解釈として次のように説明されている。

「慣れ親しんだ唐衣のような妻を京都に置いてまで
 はるばると田舎まで来てしまったものだと思うと切なくなる」。
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随分と殊勝な気持ちを表わしているが、
美男と言われた業平、正直言って余りピンと来ない。

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by shige_keura | 2015-05-04 10:29 | | Comments(0)
伝説の狙撃手VS天才数学者
2014年のアカデミー賞レースを盛り上げた2本の傑作、「アメリカンスナイパー」と
「イミテーション・ゲーム  エニグマと天才数学者の秘密」を連続して鑑賞した。

前評判通りの秀作には違いないが、
そこにアメリカと英国のお国柄の違いも垣間見て非常に興味深かった。
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「アメリカンスナイパー」はイラク戦争に4回に渡り出征し、
米軍史上最多の160名を射殺した伝説の狙撃手、
クリス・カイルの人間像を精緻に描いている。
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イラクの反政府軍掃討の為に派遣されたアメリカ軍は
相手の巧妙な抵抗に苦戦を強いられる。

何故ならば、現場は反政府軍が立て籠っているだけではなく
地元一般市民も怯えながら生活している。

即ち、両者を見分けることは難しく、
一歩誤れば一般市民を犠牲にする危うさがつきまとう。

一方、アメリカ軍は相手からは簡単に敵として認識されるのだから
神経のすり減らし方も尋常ではない。

クリス・カイルはアメリカを、そして同胞を守るためには
女子供にまで銃を向けざるを得ない。

本質的には優しい父親、
クリスの精神は徐々に変調をきたしてゆく。
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監督は今やハリウッド最高の映画人と
誰もが認めるクリント・イーストウッド。

彼はアメリカ映画の本質・娯楽性を外すことなく、
クリス・カイルを通じて戦争を愛国的側面と
反戦的側面をも淡々と冷徹に捉えていく。

今年84歳となったイーストウッドだが
衰えを微塵と感じさせないエネルギーは驚異的である。

1992年、イーストウッドの大好きな西部劇「許されざる者」で
彼は念願のアカデミー監督賞を受賞した。

以下がイーストウッドの煌めくばかりの作品群と
キネマ旬報の年度評価(ベストテン)を挙げよう。

1992年 「許されざる者」 1位
1995年 「マディソン郡の橋」 3位
2000年 「スペース・カウボーイ」 1位
2003年 「ミスティック・リバー」 1位
2004年 「ミリオンダラー・ベイビー」 1位
2006年 「父親たちの星条旗」 1位 「硫黄島からの手紙」 2位
2008年 「グラントリノ」 1位 「チェンジリング」 3位
2009年 「インビクタス/負けざる者たち」 2位
2011年 「J・エドガー」 8位
2014年 「ジャージーボーイズ」 1位
2015年 「アメリカンスナイパー」 ?


2014年「ジャージーボーイズ」と
「アメリカンスナイパー」の2作品を手掛け
健在ぶりを改めて証明したクリント・イーストウッド、
今後の活躍が楽しみである。

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by shige_keura | 2015-04-16 23:01 | | Comments(0)
燃えなくて良かった!
「○○は燃えているか」。

映画ファンならば○○に入る言葉が
パリであることは良くご存知の筈だ。

1966年、フランスの巨匠、ルネ・クレマンが
第2次大戦時のパリ解放を描いたノンフィクション小説をベースに
手掛けた映画のタイトルが「パリは燃えているか」である。
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では、この言葉は誰がどのような状況で言ったものだろうか?

時は1944年8月25日、場所はドイツ軍占領下のパリである。
独軍占領下と言っても、連合軍のノルマンディ上陸作戦以来、
ドイツ軍は後退に後退を重ね、パリ解放も時間の問題となっていた。

この日、総統・ヒトラーが作戦部長のアルフレ-ド・ヨーデルに
苛立ちを隠せず、3回にわたって聞いた言葉が
「パリは燃えているか」(Is Paris Burning?)である。
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すなわち、ヒトラーは世界一美しい街、
パリを徹底的に破壊しようとしていた。

ノートルダム寺院を皮切りにルーブル美術館、オペラ座等々、
歴史ある美しい建造物すべてが灰塵の危機にさらされていた。

それではヒトラーはパリの街を忌み嫌っていたのか?

そうではない。彼はパリをこよなく愛していた。
では、何故ヒトラーはパリを破壊しようとしたのか?? 

それは、すでに負け戦を覚悟していたヒトラーは
彼の大好きな街・パリを連合軍側に奪われるぐらいならば
徹底的に破壊し尽くそうと思ったからなのだ。
               (ホテル ル・ムーリス)
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命令を受けたのがパリのホテル・ル・ムーリスに
本拠を置く独軍総司令部、防衛司令官・コルテッツ将軍だった。

彼とて美しいパリを壊したくはなかったが
命令にそむけば彼の愛する妻子は処刑されてしまう。

               (6月6日、連合軍の「ノルマンディ上陸」)
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パリの破壊はもはや時間の問題だった。
一方、破壊工作成就の報せが来ないヒトラーは苛立ちを募らせていた。
独軍の防衛線を突破した連合軍の足音はパリに迫って来た。

「風雲急を告げるパリ」
果たしてパリは救われるのか?

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by shige_keura | 2015-03-21 23:18 | | Comments(0)
薫風の心地よさ!!
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遂に念願のお芝居を観ることが出来た。
江戸時代の風情、市井の表情を生き生きと描いた舞台は
期待を超える素晴らしさだった。
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国立劇場3月の演目、「梅雨小袖昔八丈 -髪結新三-」である。
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本作品は坪内逍遥が「江戸歌舞伎の大問屋」と評した
河竹黙阿弥の代表作のひとつだ。

初演は明治6年(1873)、江戸の中村座。
黙阿弥が六代目・尾上菊五郎の為に書いた本作品は
歌舞伎の世話物代表作として多くの歌舞伎ファンに支持されてきた。

その一人が故・池波正太郎さんであり、
彼の随筆「味と映画の歳時記」、「昔の味」に
少年の頃に観たお芝居の様子が描かれている。
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池波さんの一篇を抜き取ってみよう。

「この芝居を初めて観たのは、まだ少年のころであったが、
 いうまでもなく新三は六代目・菊五郎で、
 歌舞伎座の客席に初夏の薫風が香る想いがした。
 房楊枝(ふさようじ:現代で言えば“歯ブラシ”)を頭へさし、
 広袖の手ぬぐい浴衣、高銀杏歯(たかいちょうば)の下駄を履いた新三は
 初鰹の片身を三分で買う。
 三分と言えば、あと一分で一両になるわけだから、
 現代の生活感覚の上からは五万円にも六万にもつくのだろう。

 ・・・・・・・・・・・江戸っ子と初鰹については
 くだくだと書きのべるまででもあるまい。
 南方から海をわたってくる鰹の群れは、
 薩南から土佐を経て紀州へ。
 さらに遠州灘をすぎ、伊豆半島へ懸かるころには脂ものって、
 初鰹のシュンということになる。・・・・」。

季節と食べ物が密接に庶民の生活に係っていた頃のお話だ。

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by shige_keura | 2015-03-07 18:07 | | Comments(0)
静謐と「和」の温もり
東京のホテル事情も21世紀に入ってから大分変って来た。
その最大の原因は外資系ホテルの進出である。

パークハイアット東京、ウエスティン、フォーシーズン(ホテル椿山荘)が
今世紀に入ってすぐに東京に進出。

今は、それに加え、ザ・ペニンシュラ東京、マンダリン・オリエンタル東京、
ザ・リッツ・カールトン、コンラッド東京、グランドハイアット東京等、
首都は外資系ホテルに席巻されている。

私にとっての東京のホテルと言えば元祖御三家、
帝国ホテル、ホテル・オークラ、ニューオータニとなる。

1890年誕生した初代・帝国ホテルは
1919年に全焼しているので記憶にはない。
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私にとっての帝国ホテルはフランク・ロイド・ライト設計によるもので、
これぞ日本の代表と言わんばかりの威厳に満ち満ちていた。

由緒ある帝国ホテル、ライト館が
1964年に取り壊されたのは真に残念である。
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ちょうど同じ時期、1962年に開業したホテル・オークラは
外面を日本の美、「なまこ壁」に覆われた、
優美で気品にみちた設計である。
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御三家の最後、ニューオータニの登場は1964年、
地上17階建て、廻るレストランで話題を集めたが
品格の点ではオークラに遥かに劣り
大きさで圧倒するアメリカン・スタイル・ホテルの先駆けだった。
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by shige_keura | 2015-02-20 09:12 | | Comments(0)
無邪気な還暦女優の輝き
還暦と言っても生れてからの歳ではなく、
女優になってから60年の還暦を迎えたのがシャーリー・マックレーン。

「シャーリー・マックレーン映画デビュー60周年記念作品」とされた
「トレヴィの泉で二度目の恋を」が公開中である。
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オリジナルタイトルは「Elsa & Fred」、
シャーリー・マックレーン扮するエルザは74歳の独り暮らし。

イタリア映画の名作・「甘い生活」を代表する場面と言える
トレヴィの泉でマルチェロ・マストロヤンニとの恋の語らいを夢見ている。
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フラットの隣に80歳の偏屈な老人フレッド(クリストファー・プラマ-演)が越してきたことから
年老いた二人の恋の道行き物語の幕が上がる。

シャーリー・マックレーンのデビューは1955年、21歳の時、
アルフレッド・ヒッチコック監督の「ハリ-の災難」だった。
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ヒッチコック作品としては珍しく不作で興行収入も芳しくなかった。

しかし、ヒッチコック自身この作品を気に入っているように、
私にとって非常に想い入れのある映画である。

その最大の理由がシャーリー・マクレーンにあった。
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この映画はヒッチコック得意の「ハラハラ・ドキドキ」のサスペンスではなく
「クスクス」とした味わい、飄々たる殺人喜劇である。
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そして、作品を盛り上げた最高殊勲者が
デビューにして魅力満開のシャーリー・マックレーンだった。

1950年代のハリウッド、今まで居なかったタイプの女優と言う意味では
オードリー・ヘップバーンと彼女が双璧だと思う。

オードリーの放つ「妖精の輝き」の魅力に対して
シャ-リ-の魅力は何と形容したら良いのだろうか?

とぼけた味わい、素朴な美しさ、親しみやすさ・・・・・・・、
結局は汚れを知らかのような、「無邪気さ」になるのだろうか。

断っておくが、「汚れを知らぬ」ではなく
「汚れを知らぬかのような」であり、両者は別物である。

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by shige_keura | 2015-02-17 21:29 | | Comments(2)
大女優の死
私が勝手に思っているスウェーデン出身三大女優最後の砦、
アニタ・エクバーグが1月11日逝去、
慎んでお悔やみ申し上げます。

享年83歳、長寿化の昨今ではまだまだの年齢に思えるが、
晩年は骨折の影響で歩くこともままならず
入院生活を余儀なくされていたとのことだ。

スウェーデン出身三大女優とは
彼女のほかは、グレタ・ガルボとイングリッド・バーグマンとなる。

しかしながら、アニタ・エクバーグの場合は知名度はともかくも、
映画の実績面では他の二人に大きく水を開けられている。

グレタ・ガルボ(1905-1990)は
ハリウッドのサイレント時代からトーキー初期の伝説の大女優、
アカデミー賞ノミネート3回、死後、彼女の功績に対し特別名誉賞が贈られている。
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17歳のとき、本格的に映画出演、その後、18年間で32作品に出演し、
今まさに絶頂期の35歳で突然引退し世間を驚かせた。

生涯独身を通し、引退以降は公の場に一切顔を見せなかったことが
彼女を殊更ミステリアスな存在に仕立て上げている。

イングリッド・バーグマン(1915-1982)、
言うまでもない絶世の美人女優の最右翼、
「カサブランカ」「凱旋門」「誰が為に鐘は鳴る」等の話題作で大女優の地位を確立した。
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アカデミー賞受賞3回は彼女の誇るべき勲章である。

その一方で、イタリア人監督ロベルト・ロッセリーニとの許されぬ結婚で
ハリウッドを長らく破門の憂き目にあい、
“恋多き女”のレッテルを貼られた苦渋の時期を味わった。

アニタ・エクバーグ(1931-2015)は
ミス・ユニバースのスウェーデン代表となり、
その美貌と豊満な肉体が映画関係者の目にとまりハリウッドに渡った。
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1953年にデビューするが観るべき価値のないコメディ作品の脇役か、
彼女の肉体を売りにする三流作品に終始した。

1956年、煽情的なポスターにつられて観た「熱砂の舞」にしても
ポスターを超える作品ではなかった。
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時に私は中学1年生、
思えば随分とませた餓鬼だったのだ。

同年、彼女は本人の役(アニタ・エクバーグ)としてある作品に出演した。
それが当時の人気コメディーシリーズ、
ジェリー・ルイスとディーン・マーティンの「底抜けのるかそるか」である。
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ジェリー・ルイスは熱狂的なアニタ・エクバーグのファンに扮し、
彼女に会いたさの一念でハリウッド行きが一等賞のくじを買い占めて
ディーン・マーティンと共にドタバタを繰り広げるお話であり、
底抜けシリーズの中ではレベル的に評価できる作品だった。
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ここで不思議に思うのは、それまで駄作ばかり3作品しか出ていない彼女が
ハリウッドを代表する人気女優として実名で登場してきたことだ。

そこに彼女に対して大女優の「大」の字を付けた所以が隠されている。

即ち、彼女は美しいだけではなく、
当時の女優としては並はずれた肉体の持ち主だったのである。

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by shige_keura | 2015-01-17 10:24 | | Comments(0)
タイトルの意味
フランス語が堪能の人ならば
映画のオリジナル・タイトルが何を意味するか?
すぐ分かるのだろうが、私には全く見当がつかなかった。

作品の日本語タイトルは「ニューヨークの巴里人(パリジャン)」、
先週末から渋谷文化村で公開されている。

この作品のメガフォンを取ったのがフランス人、セドリック・クラピッシュ、
いわゆる「旅するグザヴィエ」シリーズ3作目に当たる。

第1作が2002年の「スパニッシュ・アパートメント」(L’Auberge espagnole)、
これはパリからスペインのバルセロナへと舞台が変わる作品だった。

2作目が2004年の「ロシアン・ドールズ」(Les Poupees russos),
舞台は南のバルセロナから北のサンクトぺテルスブルグへと移っていく。

今までの2作品共にフランス語のオリジナルタイトルを
邦題はほぼそのまま直訳している。

ところが、パリからニューヨークへと移動する3作目のオリジナルタイトル、
“Casse-Tete Chinois”の邦題は「ニューヨークの巴里人(パリジャン)」となっている。
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これは、どう見ても直訳とは思えない。

映画館で初めてこのオリジナルタイトルを知り、
何を意味しているのか分からぬままに映画は終わってしまった。

更に、意味不明だったのは映画の最初と最後で
主人公のグザヴィエがパズルのようなものを解いているシーンが出てきた事だった。

もしも、オリジナルタイトルの意味を事前に知って映画を観たならば、
違った印象、もっと作品内容を良く理解できたと思う。

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by shige_keura | 2014-12-13 09:44 | | Comments(0)
ピンクとブルー
中目黒から池尻へと続く目黒川沿いの並木道、
春の桜のシーズン、花見客の数は年々増えて
歩くのもままならぬほどになってきた。
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桜が散りピンクが緑に変わり川辺は静けさを取り戻す。

そして夏が過ぎ、秋に葉が色づいたはあとは
静かに灰色の冬を迎えるのが例年のことだ。
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ところが今年は11月末よりクリスマスまでの間、
ブルーのイルミネーションが輝き、多くの人を招き入れている。

目黒川の歴史を辿ると
1950年代の頃は清冽な水が流れ
友禅流しの染めものが行われていた。
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ところが、吾々が恵比寿に住んでいた1980年代
目黒川は昔日の面影を無くし、荒れ果てた姿、
場所によっては異臭を放ち、近づくのも躊躇われた。

それから約30年、春は桜、冬はイルミネーションで
目黒川は見事に蘇った。

川の表情も歴史と共に変わっていくが、
良く変えるのも悪くするのも人間次第である。

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by shige_keura | 2014-12-07 10:47 | | Comments(0)
名場面再び!!
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11月19日夕刻、渋谷ヒカリエ11階から見る夕陽である。
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「東急シアターオーブ」で行われていた評判のミュージカル
「Singin’ in The rain」を堪能したあとの高揚した気分を鎮めるため
暫し暮れゆく空に見入っていた。
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その昔、ハリウッドが最もハリウッドらしく輝いていた時代の
代表的な映画会社のひとつがMGM(メトロ・ゴールドウイン・メイヤ―)、
ライオンが吠える巻頭は映画ファンならずしてもお馴染みのものだった。
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当時の評判は「MGMには星の数よりも沢山のスターが居る」。

この言葉がなるほどと思わせる映画が「ザッツ・エンターテインメント」、
1974、75年に製作された作品はMGMの素晴らしさを語っている。
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登場した主な俳優は女優がエリザベス・テーラー、デビー・レイノルズ、
エヴァ・ガードナー、ジュディ・ガーランド、ジューン・アリソン、レスリー・キャロン、
ジンジャ―・ロジャース、シド・チャリシ、ライザ・ミネリ等々、
男優で言えば、クラーク・ゲーブル、ジェームス・スチュアート、
ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、ケイリー・グラント、
モーリス・シュヴァリエ、スペンサー・トレ―シ―、ミッキー・ル-ニー達だった。

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by shige_keura | 2014-12-01 12:21 | | Comments(0)



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