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七福神めぐり
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1月7日の朝食は勿論、「七草粥」、
セリをはじめとした青菜の入った粥が腹に優しい。

ベランダから覘く空は真っ青、
「七福神めぐり」には絶好の陽気だ。

なにしろ、孫が中学お受験だから
洋の東西を問わず、神という神にはひたすら祈願となる。

「七福神めぐり」は年々盛んになっており
都内だけでも30か所以上も存在しているらしい。
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今回選んだのは、「池上七福神」、
池上線の「池上」で下車、
先ず向かったのが本門寺とは逆の方角に位置する「曹禅寺」。
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この寺は福徳、円満、忍耐を授ける
弥勒菩薩の化身とされる布袋様を祀っており、
祠の中に安置された布袋尊像が
大きな腹を抱えてにこやかな笑みを浮かべている。
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今年も布袋様のような笑顔を絶やさずに過ごせたら最高だ。
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次なるは毘沙門天を本尊として祀る「微妙庵」、
無病息災の御利益だけに、ひたすら吾らの健康を祈願する。

ここでトラブル、次の目的地探しに時間を費やし、
通りかかったお蕎麦屋さんの出前の方に尋ねた。

「あー、馬頭観音堂ね。あそこ分かりにくいんだよね。
 迷うのも無理ないよ。すぐ近くだけど、今、工事中だよ」。

工事中の観音堂には大黒天が祀られているのだが、
現在ほかのお寺に引っ越し中。
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工事中の観音堂には鍵がかかり中には入れず
庭を野良猫が我が物顔に横切り人っ気は更になし。
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ここから先は池上本門寺の敷地近くに入っていく。
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ここは「本成院」、本門寺総門前の参道に位置し、
幸福と長寿を授ける福禄寿が祀られている。
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ガラス越しに収められている福禄寿と同じような
穏やかな老人の笑みを浮かべられたら良い。

ここで、「七福神」とは関係ないのだが
すぐお隣の「理境院」を覘く。

ここは慶応3年(1867年)
官軍参謀の西郷隆盛が東征軍を率いた時の宿舎。
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更には近くには隆盛と勝海舟の対談の地「松濤園」があり
大河ドラマの恩恵で、この付近は今年ブレークするのではないか。

「七福神めぐり」の次の目的地が「厳定院」
七福神唯一の女人神の弁財天を祀ってある。
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残りはふたつ、その一つが「妙見堂」、
池上の町を見下ろす高台にある小さなお堂は
長寿と学を授ける樹老人を祀ってある。
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孫のお受験に最も関わり合いのある神様
爺のお祈りも一際熱が入る。

尚、この神様は一般的に寿老人と表されていることが多いが
ここは樹の下で教えを説いたと伝えられていることに因み
「樹老人」の文字が書かれている。
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急な階段を下りると「養源寺」、
今回訪れた中で最も大きなお寺には
家庭円満、商売繁盛の恵比寿様と
一時的に引っ越した大黒様が祀られている。
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行程は約2時間、風が若干冷たさを増す中で
青空を背景に冬桜が満開。
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池上の寺町でお汁粉で一休み、
そのあと、梅屋敷の密かな鰻の名店「松本」に向かった。
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歩いて良し、食べて良しの一日だった。

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by shige_keura | 2018-01-11 08:58 | その他 | Comments(0)
大晦日の初雪
2017年の大晦日、朝8時過ぎのこと、
都心で初雪を観測したとの報に接した。

渋谷でも一時は雪が風に舞った映像が伝えられているが
不覚にも全く気がつかなかった。
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調べてみると、大晦日に初雪が降ったのは130年ぶりのこと、
1887年(明治27年)以来の出来事であるそうな。

これだけの珍しいことが起こったとなると翌年が気になる。

そこで、1888年の主な出来事をピックアップしてみた。

1月1日   日本標準時設定

4月30日  黒田清隆第2代内閣総理大臣
      枢密院議長に伊藤博文

10月27日  明治宮殿落成、皇城を宮城に改める

世界的に見てもイギリスはヴィクトリア王朝の平穏時、
アメリカ大統領がベンジャミン・ハリソンが選出,
余り仰天するような事件は起きていない。

願わくは、2018年の世界情勢と日本
これ以上緊迫化しないこと強く望む。

話変わって、新聞のテレビ版を見ると
黒沢明作品の大特集とある。

前回、テレビ局批判の手の平を返すようだが、
公共放送もたまには気の利いたことをやってくれる。

「七人の侍」「用心棒」「椿三十郎」等の
黒沢ワールドを存分に堪能した。

映画を娯楽と位置づけている私にとって
小津安二郎よりも黒沢明の方がはるかに好きだ。

それにしても「七人の侍」の素晴らしいこと。
特に、最後の雨中の戦闘場面は圧巻!!
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そこには今のCG映画の嘘っぽいところはどこにもなく
全てがリアル、本物志向で描かれている。
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続く、「用心棒」「椿三十郎」、
娯楽精神に徹している黒沢明が誠に素晴らしい。
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更には、このころの三船敏郎と仲代達矢の素晴らしさ、
三十郎に扮した三船の男っぽい格好の良さ、
対する、仲代の眼光鋭い悪役の迫力、
映画が大衆娯楽の頂点に君臨したころの勢いは流石。
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映画の心地よい興奮を「鴨鍋」を
福光屋の黒帯をチビチビやりながら楽しむ。
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低温でサーッとだし汁に浸した鴨肉の味わいの良さ、
クレソンの付け合せが絶品である。

鴨汁で年越し蕎麦、身体中が温まってきた。

2017年、この歳になると平穏無事に
健康で過ごせたことに感謝感激、
来年も同様に過ごせたら最高だ。

どうぞ皆様も良い年をお迎えください。 

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by shige_keura | 2018-01-01 17:15 | その他 | Comments(0)
年末の憂鬱
年末のテレビ番組を見るたびに
魅力を感じる番組がないことに憂鬱になる。

民放は安っぽいお笑い、バラエティ、
そしてタレントの旅番組の、温泉と食事。
「美味しいーー、柔らかーい、甘いーー」の
大合唱が連日耳に入ってくる。

ならば、公共放送はと言えば
よほど、考える知恵がないのか、年末でお休みになったのか
総集編、再放送、自社番組宣伝
すなわちお手軽番組のオンパレードである。

12月30日を例にとろう。

朝5時15分から6時までの「大相撲1年」(再放送)に始まり、
07:20~08:20「小さな旅」(総集篇)
08:20~11:20「ひよっこ」(総集編)再放送
11:20~12:00「さし旅」(再放送)
13:05~18:00「女城主 直虎」(総集篇)
0:10~0:40  「パフューム×テクノロジー」(再放送)
0:40~    「紅白まであとわずか」

深夜0:40からはじまる「紅白まであとわずか」が
どこまで続くのか分からないので省くが
実に11時間10分の番組が「再放送」「総集編」に費やされている。

恐らく実態は、年末にふさわしい番組を新たに作るアイデアもないので
「あの番組の感動をもう一度」のキャッチフレーズの下
再放送、総集編を年末蔵出しもかくやと放映している。

しかし、番組当初から感動を受けていない私が
どうして再放送、総集編に魅力を感じるというのか。

なかには、「ひよっこ」のように
「総集編」の「再放送」と念の入ったものまである。

12月29日も詳しくは省くが
10時間30分が「再放送」と「総集篇」番組だ。

こんなものに付き合わされていては、たまったものではない。
が、しかし、「受信料」なるものを払う身としては
ひとこと、ふたこと文句も言いたくなるのが当たり前。

とはいえ、事態が急に変わるわけではなく
寒風の中、TSUTAYAに映像DVDを借りにく私がいる。

だから年末の度に公共放送のせいで
憂鬱な気分となるのである。

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by shige_keura | 2017-12-30 14:01 | その他 | Comments(0)
端午の節句に欠かせぬもの
旧聞に属する話題だが、
今年の端午の節句はまさに五月晴れ、
風薫る中、青空を鯉のぼりが元気よく泳いでいた。
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端午の節句になくてはならぬものは
鯉のぼりのほかに兜、武者人形、
食べ物で言えば柏餅に粽と色々ある。
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ただ、重要なものにも関わらず、
忘れかけているのが菖蒲湯だと思う。

元来、端午の節句は別名菖蒲の節句と言われるほど
菖蒲が主役の厄払い行事であり、
菖蒲無くしては端午の節句は
成り立たないものであることを忘れてはならない。

端午の節句の歴史を紐解けば中国に
その源をたずねることが出来る。

中国ではその昔の旧暦5月は病気が流行し
多くの人がこの世を去った。

その為、厄除けに菖蒲を門に挿したり、
菖蒲に浸した酒を飲んで無病息災を祈願した。

この風習が奈良時代に日本に伝わり、
我が国独自の端午の節句となっていった。

すなわち、武家社会に入ると
菖蒲は尚武に通じると言うことから、
逞しく男子が成長していくことを願う今日の節句の基本形となった。
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鯉のぼりが躍るさまを見上げ、
兜等を飾り、粽、柏餅を食べるのも良いが
締めくくりにあるのが「菖蒲湯」である。

ただ、ここで基本的に間違えないでほしいのは
花菖蒲と菖蒲は全くの別物であることだ。
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花菖蒲は紫色がお馴染みの美しい花を咲かせるアヤメ科の植物。
花は美しいのだが葉や茎には
なんお香りもないし効能も無い。

従って花菖蒲の葉や茎を風呂に入れても何らご利益は無い。

一方の菖蒲はサトイモ科の植物で
花はガマの穂に瓜二つである。
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花だけで比べれば菖蒲は花菖蒲とは勝負にならない。

しかし、菖蒲の葉には独特の芳香があり、
茎や根には血行促進、鎮痛作用を持っている。

つまり、「見た目の花菖蒲、中身は菖蒲」となる。
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より良い香りと効果を得るためには
我が家のような給湯式風呂の場合は
最初から菖蒲を浴槽に入れてから
多少熱めのお湯を張るのが良い。

今年は残念ながら5月5日はとうに過ぎ去った。
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来年は是非、菖蒲の湯で温まっていただきたい。
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by shige_keura | 2017-05-13 18:28 | その他 | Comments(0)
雛祭りの黄色いバラ
2月に入ってリビングは雛祭り模様に変わった。
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しかし、雛祭りは桃の節句なのだが、
内裏雛の横には色鮮やかな黄色いバラが活けられている。
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黄色いバラを見ると子供のころから
連想的に頭に浮かぶのが
「テキサスの黄色いバラ」であり、
西部劇であり、「黄色いリボン」である。
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中でも映画、「黄色いリボン」の中で
首に黄色いリボンを巻き、颯爽と馬にまたがる
ジョーン・ドルーを思い出す。
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軽快なメロディーの「テキサスの黄色いバラ」が
一世を風靡したのが1955年。

ミッチ・ミラー指揮に因る美しくも勇ましい合唱が
アメリカから日本全国に流れていった。

この曲の最初の歌詞はこう始まる。

“There’s a yellow rose of Texas that I am going to see・・・・・“。
「テキサスの黄色いバラに逢いに行くんだ・・・」。

すなわち、歌の中の「テキサスの黄色いバラ」とは
ひとりの可憐な女性の事を意味している。

彼女の名前はエミリー・モルガン、
南北戦争前に実在した女性である。

メキシコからの独立を目指したテキサス軍は
「アラモの砦」に立てこもりサンタ・アナ将軍が率いる
メキシコ軍に勇敢に立ち向かうが
圧倒的な兵力の差で全滅してしまう。

このとき独立軍で活躍したのが伝説の英雄、デイビー・クロケットをはじめ
ナイフの名手、ジェームズ・ボウイ、
そして砦の守備隊長のトラビス大尉であった。
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ジョン・ウェインが監督・主演した「アラモ」が、
そのときの模様を詳しく伝えている。

但し、この映画ではエミリー・モルガンは何処にも登場していない。

彼女はその後、女だてらにメキシコ軍の内部に入り込み
敵情を独立軍に詳細に連絡したことで形勢は劇的に反転し
テキサスはメキシコからの独立を勝ち得たのである。

雛人形の横の黄色いバラ、
ヨーロッパでは黄色は春を告げる色。
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イタリアの3月8日はミモザの節句、
男性は女性にミモザをプレゼントするので
花市場は黄色で埋め尽くされる。
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ベルギーのブルージュをはじめ各地では
寒い冬が過ぎ去ろうとするとき
黄色いラッパズイセンが花を咲かせる。
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トスカーナでは野原一面の菜の花が春を告げる。
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我が家ではテキサスの黄色いバラが
春の訪れを知らせているようである。
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by shige_keura | 2017-02-21 21:49 | その他 | Comments(0)
2017年お正月  -サビが効いてる!-
「サビ」とは音楽の曲の中の山場、
メロディーが最も盛り上がるところを言う。

その由来は松尾芭蕉が俳句の最も美しい部分を
「寂」(ワビ・サビ)と述べたことにある。

ただ、我々が「サビが効いてるーーー」と
良く口に出すのが鮨をつまんでいるときである。

このサビは勿論シャリとネタの間に入っている山葵の
つんとは来るが爽やかな風味を意味している。
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ワサビは漢字で書くと山葵、
諸説あるがワサビの葉が葵に似ているというのが有力だ。

奈良時代の718年に出された「賦役令」、
つまり、法人税法施行令に
初めて山葵という文字が記載されている。

恐らく土地の名産品、薬用に用いられていたのだろう。

室町時代に入ると現在と同じ、薬味として使われ
江戸時代、寿司、蕎麦をはじめ庶民に多く使われるようになっていった。
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江戸幕府を開いた徳川家の家紋が葵であったことで
山葵は幕府の庇護を受けて成長
日本を代表する薬味として現在の地位を築いた。
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暮れに白馬にスキーに行った次女一家、
その折に立ち寄った安曇野で
大層立派な山葵をお年賀として届けてくれた。
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我ら夫婦も5年ほど前に安曇野を訪れ
道祖神めぐりを愉しんだ後、「大王わさび農場」と名付けられた山葵園を見学、
その広大な農場と鮮烈な川が流れる風景に目を見張った。
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1月2日から山葵の有効活用を考えながらの食事が続いている。
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最初に考えるのは勿論刺身である。

ただ、刺身ならばどの魚でも良いと言うわけではない。

例えばイカ、鯵、鰯等は山葵よりも生姜の方が好ましいからだ。

その結果選んだのがカンパチとタコ。
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山葵は八の字を描き子供の様に柔らかな力で焦らず擦る。
じきに山葵特有の香りが強く漂ってくる。
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この日同時に、試したのは「菊五郎巻」、
かつての歌舞伎役者が好んで食べた山葵の細切りの巻物だ。
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しかし、これは期待外れに終わった。
やはり、山葵はすってこそなのだ。
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次の日は鉄板で蝦夷鹿の肉を焼き、
たっぷりと山葵を載せて食べた。
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ジビエと山葵、野生同士の絶妙のコンビネーションだった。
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昼食には、富山から送られてきた
つきたてのお餅をこんがり焼き上げ、
納豆、大根おろし、そして山葵で賞味する。
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大根のツンとくる辛味、
爽やかでこれまたツンと来る山葵が面白いハーモニーを奏でている。
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鯛茶漬けと豆腐の厚揚げ、
このときも本来は脇役のはずの山葵が主役を張った。
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お次に登場したのがローストビーフ、
肉は豪州産のお手頃価格ではあるが
ワサビ効果で、ワインと共に美味しくいただいた。
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これだけの料理に活用しても、まだ残っている。
さー、これからはどのように使おうか。
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by shige_keura | 2017-01-12 08:52 | その他 | Comments(0)
2017年お正月 -こいつは春から・・・-
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1月5日、国立劇場の舞台も大詰め、
お正月公演恒例の手ぬぐいのふるまいに入った。
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お芝居を盛り上げた役者が舞台に勢ぞろい、
記念の手ぬぐいを客席に投げ入れはじめた。

すると舞台中央の座長・尾上菊五郎の投げた手ぬぐいが、
どうしたものか、近くの椅子の角に当たって跳ね上がって視界から消えた。
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次に私の膝の上を見れば、
なんと、その手ぬぐいがちょこんと載っかてるではないか。

これぞ、歌舞伎の決め台詞、
「こいつは春から縁起がいいわい!」
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今回の演目は、国立劇場開場50周年記念の一環、
通し狂言「しらぬい譚(ものがたり)」。

江戸庶民の間で大人気をとった長編絵物語を
河竹黙阿弥が脚色し舞台化したものである。
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内容は江戸時代初期に起きた
筑前国黒田家のお家騒動を基本に
天草四郎が首魁とした島原の乱の味付けを加えている。

幕が開いた途端に広がるのは大きな壺が沈んだ海底、
2匹の巨大な烏賊が泳ぎ回り、
観客からはどよめきの声が挙がる。
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演目の横に「尾上菊之助交いの宙乗り相勤め申し候」とあるとおり、
今や旬を迎えた女形の一番手、
菊之助の妖艶華麗な宙づりの舞が
荒れ狂う海の舞台を見下ろす。

これだけの大掛かりで巧妙な舞台仕掛けをあまり見たことがない。

お正月に相応しく和服のお客様をはじめ
満場のファンからは「音羽屋!」の掛け声が盛んに飛び交う中、
熱気に包まれて初春の舞台の幕は閉じた。
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今年は国立劇場50周年の節目の年。
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その記念すべき年に音羽屋から手ぬぐいを頂戴するとは、
もう一回言おう。「こいつは春から縁起がいいわい!!」
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by shige_keura | 2017-01-10 09:34 | その他 | Comments(0)
2017年お正月 -初夢の続き-
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初夢と言う言葉が歴史上最初に登場するのは
鎌倉時代の「山家集」と言われる。

「山家集」は西行法師の歌集と言われ
その「上、春・第一 たつ春の朝によみける」には
確かにこのような句が詠まれている。

年くれぬ 春来べしとは思い寝に
まさしく見えて かなふ初夢

「たつ春の朝によめる」のたつ春とは
「春が来る」すなわち節分と解釈され
ここでいう初夢は立春の日から節分にかけて見る夢となる。

それが時代と共に変化し、
江戸時代には大晦日から元旦、元日から2日、
正月2日から3日と諸説入り乱れている。

現代では初夢とは元日の夜から
2日の朝にかけて見る夢が定着しているようだ。
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「一富士、二鷹、三茄子(なすび)」が
縁起の良い初夢と言われていることはつとに知られている。

では、何故これが縁起が良いかの理由については
次の二つの説が有力だ。

ひとつは江戸幕府を開いた徳川家康に縁のある
駿河の国(静岡県)の誇れるもの三つというもの、
すなわち当時は他国より早く実る茄子、
最高峰、富士の山と、そこに住む鷹ということである。

もう一つの説は、富士は不死、鷹は高貴(貴、たか)
そして茄子は成すから子孫繁栄と
縁起が良い言葉であるとのものである。

そして、後者を取ると、その続きがある。

それが、「四扇、五煙草、六座頭」(しおうぎ、ごたばこ、ろくざとう)である。

これの由来はご賢察の通り、
扇は末広がり、たばこの煙は高く昇って運気上昇、
座頭は琵琶法師で分かるように
剃髪して毛がない(怪我がない)と言うこととなる。
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それでは、今年どのような初夢を見たのか?
それが例年同様、全く覚えていない。

これは齢を重ねたために忘れっぽくなったわけではなく、
いつもぐっすりと眠っている為である。
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by shige_keura | 2017-01-09 11:08 | その他 | Comments(0)
2017年お正月 -賑やかな初釜-
元日、墓参りと愛宕神社参拝の後に向かったのは
いつも通りの六本木ヒルズ。
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雲ひとつない青空を背景にそびえる東京タワーが美しい。
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スカイツリーが出来た今も、
東京のシンボルは姿かたちの流麗なことからも
東京タワーに決まっている。

昼食、そしてエノテカでワインの福袋を購入するのも例年のごとし。

あとは一族郎党10名が我が家に集まって、
福袋を開けてワインの品定め。
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福袋だから定価以上のものが入っているのは分かってはいるが
好みのポーリャックが入っているか?
イタリアワインならバローロ?
トスカーナのアンテノーリ?
興味は尽きない。
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孫にとっては苦手の御屠蘇の儀式、
しかめっ面をしつつも無事こなした後は「初釜」となる。
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「初釜」とは新春を迎えて初めて開く茶会であり
茶道の仕事始めのことである。
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従って、茶道をたしなむ者にとっては
大切な厳粛なものであるのだろうが、
我が家の「初釜」は賑やかなことこの上もない。
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自分の子供の頃を顧みると
抹茶を美味しいとは思わなかったものだが
当世の孫たちは違う。

御屠蘇の時とは別人のように、
お代わりを所望している。

抹茶も好きだが、それ以上のお目当ては
金沢土産の和菓子、
福梅と落雁にあることは言うまでもない。
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「村上」の福梅と「諸江屋」の落雁、
老舗の味を子供のうちから覚えられるのは幸せだ。

その横のソファーでは
朝早く初詣を済ませた娘婿はうつらうつら、
初夢モードに入っている。

こうして、今年の元日も和やかに楽しく時が流れていった。
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by shige_keura | 2017-01-08 10:13 | その他 | Comments(0)
2017年お正月 -願いは叶う-
港区にある愛宕神社は近年初詣の人気上昇中、
年ごとに訪れる参拝客の数は増えている。

その理由は、誰が仕掛けたか知らぬが
都内のパワースポットだと言うことと、
23区内の天然の山では最高峰であることに因る。

最高峰を具体的に言うと25.9メートル、
これをもって高い低いを論じることは意味がないが、
正面の男坂と呼ばれる階段を見上げると、
その高さは現実性をもって迫ってくる。
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この石段の数は86段であり、
最大傾斜40度に達していると言う。

この階段は俗に「出世の階段」と呼ばれており、
名前につられて息を切らしながら上る人の跡は絶たない。

命名の背景には次の話が残されている。

時は寛永11年(1634年)
三代将軍・家光が芝の増上寺参拝の帰りに
この石段の前を通りかかった。

そのとき将軍が見上げた石段の上に
梅の花が咲いていたので、
誰か勇気ある者、馬で取って来いと命じた。

尻込みする家来の中で
讃岐・丸亀藩士の曲垣(曲木)平九郎が
見事馬を御して梅の花を将軍に献上し、
彼の名前はたちまちのうちに広がったのである。
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急な階段を見上げると、
これは講談、浪曲の中の架空の話であると思えるのだが、
明治以降、実際に馬で山上の神社まで上った例が三件ある。

もっとも最近では1982年、馬術のスタントマンが
テレビの番組のなかで32秒で頂上まで到達した。

さて、この神社が創建されたのが慶長3年(1603年)、
江戸幕府を開いた家康が
江戸の町が火災から無事に守られることを願ったものである。

その後、江戸は振袖火事をはじめ
何回か大火事に見舞われたが、そのつど見事に復興した。

しかし、最大の危機は幕末、慶応4年(1868年)、
西郷隆盛率いる東征軍が計画した江戸総攻撃にあった。

もしも総攻撃が実行されるならば
江戸は猛火に包まれ灰塵に帰すところだったのだが、
西郷隆盛と勝海舟の会談の結果、
寸前で総攻撃は回避された。

このとき、二人は愛宕山に登り、
江戸の町を見下ろして語り合ったとの一説が残されている。
c0135543_8504154.jpg

もしも、これが事実ならば
家康の願いは260年も経過した後の世まで通じていたのだ。

出世には、時すでに遅しであるが、
孫につられて山頂を目指した。

幸いにして今年も息も上がらずして
愛宕神社遥拝を済ますことが出来た。
c0135543_851182.jpg

但し、これはいつもの例だが
下山を横の女坂にしたのは、爺の高所恐怖症の為のものである。
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by shige_keura | 2017-01-06 09:29 | その他 | Comments(0)



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