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<   2010年 11月 ( 20 )   > この月の画像一覧
よこはま たそがれ  -3-
公園内の一角に佇む小さな像、
海を見ている後姿は何故か寂しげである。
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この像は、「きみちゃん」の像、
つまり、この横浜から海を超えて外国に行ってしまった
有名な童謡、「赤い靴」の主人公なのである。
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「赤い靴」のきみちゃんの像は
日本に、この横浜以外に6箇所も存在している。

東京の麻布十番、静岡の日本平、
北海道では小樽等3箇所、
そして青森県の鯵ヶ沢である。

何故、7箇所にもあるのだろうか?

それだけ、「赤い靴が」日本人に
愛されている童謡なのだろうか?

数あるきみちゃん像ではあるが、
歌詞に登場する言葉、
「横浜の埠頭(ハトバ)から」にあるように
ここ横浜が本家本元と言って良い筈だ。

この歌詞は作詞者野口雨情が
知り合いに聞いた実話を元にしているそうだ。

即ち、岩崎かねの娘、きみという名の私生児が
経済的困窮の為、日本では育てられぬことから
外国の宣教師に連れられていったことに因んでいる。

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by shige_keura | 2010-11-29 08:49 | | Comments(0)
よこはま たそがれ  -2-
案じた混雑もなく
拍子抜けしたように盛り上がらぬ展示会場を後にして
足を山下公園方向へと向ける。

鉄道廃線跡を利用した遊歩道、
「汽車道」に沿って歩を進めると
「馬車道」が見えてくる。
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汽車の次は馬車、
文明開化の頃の横浜の名残である。
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時は幕末、アメリカの開国要求に対し
江戸幕府は日米通商修好条約を締結し
貿易の為の横浜港が開かれた。
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それに従って関内に外国人居留地が築かれ
道路網も整備されていった。

馬車道はそのひとつの道路であり、
その名の由来は、その道を
日本人が見たこともない馬車に乗って
外国人の多くが行き来したことに因る。

文明開化の発祥の地らしく
ここには日本初のものが沢山ある。

ガス燈、近代街路樹をはじめ
日本初の写真館、相影楼、
同じく初のアイスクリーム屋(アイスクリン)、
更には東京までの乗合馬車も
ここ馬車道から走り始めた。

当時は横浜から東京まで
パカパカと4時間の道のりだったという。

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by shige_keura | 2010-11-27 08:50 | | Comments(0)
よこはま たそがれ   -1-
「よこはま たそがれ ホテルの小部屋
 くちづけ のこり香 煙草のけむり
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 あの人は行って行ってしまった、
 もう帰らない」

御存知、五木ひろしの1971年発表の大ヒット曲、
「よこはま たそがれ」の一節、
横浜を舞台とした曲では
「ブルーライトヨコハマ」と双璧だろう。
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今日のテーマは、しかしながらこの歌ではなく
「黄昏老人ヨコハマ徘徊の記」である。

11月21日の日曜日、
散乱した我が机の片隅にある
一枚の展示会の券が目に入った。
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「歌・映画・小説のなかの横浜港」

行こう行こうと思ってるうちに
全く忘れ果てていた展示会だ。

期限は23日といえば明後日だ。

ぼやぼやしてはいられぬ、
慌てて家を飛び出して横浜に向かった。

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by shige_keura | 2010-11-26 08:41 | | Comments(0)
楽観主義と能天気
今年の日本シリーズ、
思いもよらぬ2勝3敗で
ロッテに追い詰められた中日の落合監督はこう言った。

「日本シリーズとは3つまで負けて良いのですよ。
 あと2つ勝てばいいんでしょう、
 ガタガタ騒ぎなさんな」

これは良い意味の楽観主義である。

軍の総大将として部下に不安を与えてはいけない。

勿論、窮地に立っているのは自覚しているが
自分が育て、信頼している部下ならば
劣勢を必ずや挽回してくれるにちがいない。

そこには一国の将として
揺ぎ無い自信がみなぎっていた。

結果は敗れてしまったが
それは勝負は時の運であり、
監督の弁として批判されるべきものではないだろう。

一方、つい先頃、辞任した柳田前法務大臣、
彼の場合は楽天家でもなければ楽観主義者でもなく
ただただ「能天気」のバカモノだ。

しかし、チョイと待て!!

楽観主義と能天気、
どこがどう違うんだ?

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by shige_keura | 2010-11-25 08:51 | その他 | Comments(0)
我が青春の女神たち -ファンレターの君!!ー
どうして出来たのだろう?
今となっては信じられないことだ。

今を去ること半世紀前の頃、
中学2,3年生の私が
ハリウッドの女優にファンレターを出したのだ。

日本語の手紙でも難儀なのに
よりによって英語の手紙を書いたとは!

今でも書いた内容は覚えているが、
みっともなくて、とてもではないが口に出せない。

勉強がまるで苦手なこの私が、
その気になれば出来るという見本だ。

”あこがれの君!!”
その人はミッチー・ゲイナー、
綴りからは”ミッツイ”なのだろうが
私には”ミッチー”のほうが親しみやすい。

「南太平洋」で主役、メアリー・フォーブッシュを演じた人だ。
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しかしながら、私が彼女の魅力の虜となったのは
1955年製作の小粋なミュージカル、「魅惑の巴里」、
見た映画館は”東急名画座”。

1週間の上映中2度通い、
上映後に三度び映画館に押しかけ
スチール写真を欲しいといって分けて貰った。

良き時代である。
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パリを舞台にダンスの名手、ジーン・ケリーを挟んで
登場する3名の女性の一員としてミッチーは登場した。

他の二人は、美人の典型、ケイ・ケンドール、
庶民的なタイナ・エルグ、
3人が3人とも魅力的だったが
ミッチーの踊りの素晴らしさは他を圧倒していた。

(左から、ミッチー、ケイ・ケンドール、ジーン・ケリー、タイナ・エルグ)
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彼女の卓越したダンスは
「ショウ程素適な商売はない」でも
主演のマリリン・モンローを凌駕していた。

(「ショウ程素適な商売はない」でドナルド・オコナーと踊るミッチー)         
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ミッチーは明るく、朗らか
典型的なピチピチのヤンキーガール、
しなやかな肢体から流れ出るステップは
憧れのアメリカ、夢のアメリカの香りがしていた。

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by shige_keura | 2010-11-24 08:44 | | Comments(0)
最高記録は髪一重
今日のテーマは麻雀の話だから
ルールを知らない人にとっては
ちんぷんかんぷんであることだろう。

11月18日、月に一度の麻雀デー、
この日は私にとって、
今までの記録を塗り替える
記念すべき日となった。

麻雀は上がった時に1翻、2翻と数えていくのだが
数が多いほど点数は大きくなる。

昔は”ブルマン”との言葉があったように
点数の数え方が”青天井”でもあった。

しかしながら、余りにも高額になる為
6翻で満貫、8翻でハネ満、10翻で倍満、
そして13翻が、数え役萬で
そこで打ち止めと定めている場合が多い。

私の長い麻雀歴にあって
最高の翻数は16だった。

ダブルリーチ、ダブ東、中、
面前ホンイツ、ドラ6であった。

北北東東東中中中5筒6筒7筒8筒8筒8筒

東が表ドラ、加えて裏ドラが8筒、
このときは中を2枚持っていた相手の一人が
降りる積もりで2枚落としで餌食となった。

これは相当高い手で
これを上回ることは不可能だと思っていた。

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by shige_keura | 2010-11-23 09:22 | その他 | Comments(0)
したたかな男と外交戦術  後編
ルースの心の故郷中国では
全く思っても見ない出来事が起こった。

それは、彼の支持した蒋介石が毛沢東に追われ
共産主義が中国を支配したのである。

歴史上において、いわゆる”中共”の出現だ。

この出来事は自由主義の国アメリカの民として
ルースには許しがたく脅威の出来事だったのである。

やがて1950年、朝鮮戦争が勃発する。

このときを境としてルースは反共の砦として
西側陣営に日本を取り込むことを決意した。

先ず、ルースは「ライフ誌」にて
”美しい国、日本”特集を掲載し、
日本の素晴らしさを強調すると共に
日米同盟の必要性を説いた。

彼は時の国務長官ダレスに働きかけ
ダレス書簡を日本に送った。

中身は日米安全保障条約の締結
「サンフランシスコ講話条約」だ。

ルースにとっては反共の砦として
一刻も早く日本を我がアメリカ陣営につかせたかったのだ。

1951年サンフランシスコ講和条約締結。

この条約には二本の柱がある。

ひとつが連合国側と日本の
戦争状態を終結させる為の平和条約だ。
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この条約にはアメリカを始め西側諸国は署名したが
ロシア(ソ連)、ポーランド、チェコは署名せず
中国は会議自体に出席していない。

もう一つの柱は日米安全保障条約であり
日本側からは吉田茂が単独署名した。

この署名に当っては吉田は
同行の池田勇人に対しこのような言葉を言ったらしい。

「この条約は評判が悪そうだから
 自分だけの署名にとどめておく」

とにもかくにも、この条約で
日本は国際社会に復帰することが出来た。

日本人の殆どがこの出来事を喜んだ。

しかし、この条約締結に貢献したのが
筋金入りの反日論者であったこと
更には、その背景については殆ど知られていない。

外交とはかくも恐ろしく
騙し騙され、丁々発止の勝負なのだ。

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by shige_keura | 2010-11-22 09:15 | その他 | Comments(0)
したたかな男と外交戦術  前編
これは11月15日、日本橋、三井ホールで行われたセミナー、
「もういちど日本を本気で考えよう」のなか、
寺島実郎氏の講演内容の一部である。

氏の講演中、本日の主人公は主役ではない。

しかしながら、このようにしたたかな男が
あの時代のアメリカに居たのかと
初めて知ったのは非常な驚きだった。

そして、現代も必ずや
彼のような男たちは西欧に居るに違いない。

だから、日本も国の国益を第一義と考えるならば、
いや、考えるのが当たり前なのだが、
相手国の表面的な言動に惑わされずに
したたかな外交を展開する必要がある。

さもないと、「アメリカは日本の最高最良のパートナー」!
と、安心しきっていると、とんでもない目に
会わぬとも限らない。

今日の主人公の名前は
ヘンリー・ロビンソン・ルース。

ベーブ・ルース、ロビンソン・クルーソーなら知っているが
ヘンリー・ロビンソン・ルース??
私にとっては初めて聞く名前だ。

しかし、これから紹介していく
ルースの事業を聞いてビックリしたし
誰もが「ヘーッ!」と驚くだろう。

彼は我々の誰もが知っている出版物を操っていた、
いわばメディアの世界に君臨した男なのだ。

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by shige_keura | 2010-11-21 20:34 | その他 | Comments(0)
無花果盛衰記  後編
日本で食べる無花果と
イタリアの無花果、
どうして味に大きな違いが出るのだろうか?

私なりにたどり着いた結論は次の通りだ。

日本の無花果は熟すと表皮が赤くなる、
逆に言うと表皮が赤くならないと
果肉は熟さず、食べてもまるで美味しくない。
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表皮が緑の無花果、
中は真っ白、スカスカ、食べられたものではない。
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ところが表皮が赤くなった無花果は、
中の果肉が熟しすぎ、スッキリとした美味しさがない。
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一方、イタリアの無花果の場合、
ここが不思議な所なのだが
表皮が瑞々しい緑色を保ったままに
中の実は適度に熟している。
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7月頃から街角で山ほど積まれている無花果は
全てが緑色、表皮が真っ赤な無花果は殆どない。
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表皮が緑色、中は適度に熟している、
これがイタリア無花果の美味しさの秘密だ。

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by shige_keura | 2010-11-19 08:56 | | Comments(0)
無花果盛衰記  前編
無花果(イチジク)を知らない人はいないだろう。

誰でも知っている無花果だが
御同輩諸氏は良いイメージを持っていないはずだ。

東京にはかつて庭の有る家が沢山あった。

そして、その庭の一角には
無花果の木が植えてあった。

但し、イメージが良くない理由は
植えてある一角が問題なのだ。

無花果の木が正面玄関の脇、
或いは庭の中央に植えてある家を見たことが無い。

殆どが裏庭の一角にひっそりと佇んでいたので
その姿は便所(敢えてトイレとは言わず)の窓から見かけることが多かった。
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かつての我が家の庭、
便所の窓からも見えないくらい
裏庭の外れに無花果はひっそりと植わっていた。

当時の無花果の果肉、
枝からもいで食べてもちっとも美味しくなかった。

頼りない甘さ、といって酸味はまるでなし、
家族の誰からも見向きされぬ無花果、
これほど無視された果物はなかっただろう。

唯一、役に立ったのではないかと思うのが
茎から出る乳液だった。

無花果の乳液は”イボ”に効く!

偶々、足にイボが出来た私は
せっせと乳液をすり込んだ。

それが或る日、
転んだ拍子にポロリとイボが取れた。

ただ、乳液のおかげなのか?
転んだショックの為なのか?
今もって謎である。

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by shige_keura | 2010-11-18 21:57 | | Comments(0)



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