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中年夫婦は何故いない?
ずっと疑問に思っていたのだが
若干バカバカしい気持ちもあり黙っていた。

ところが、つい先日読んだ向田邦子さんのエッセイに触発され
私の長い間の疑問を明かすことにしよう。

向田さんのエッセイ、「父の詫び状」の中、
「あだ桜」の項の初めを紹介しよう。

「お伽噺というのは、大人になってから読むほうが面白い。
 手許に、古本屋で見つけた昭和10年の尋常科用
 小学国語読本巻三があるので、開いてみる。
 ”一寸ボフシ

  オジイサン ト オバアサン ガ オリマシタ
  子ドモ ガ ナイノデ カミサマ 二 オネガイ シマシタ。
  男ノ子 ガ ウマレマシタ・・・・・・・”

  ここまで読んでドキリとする。
  一寸法師の母親はおばあさんだった・・・」

そう!! 何故、日本のお伽噺には
働き盛りの父と母がでてこないのだろう???

誰でもが知っている「桃太郎」の冒頭、

「オジイサンは山に芝刈りに
 オバアサンは川へ洗濯に・・・・・
 すると、上流から大きな桃が、ドンブラコ・・・・・

 桃を切ると中から桃太郎が・・・・・」
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ここでも、桃太郎の肉親(?)は
オジイサンでありオバアサンなのだ。

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by shige_keura | 2011-05-30 20:33 | その他 | Comments(0)
核武装の懸念
5月28日の日経紙、第一面、
「原発日本不信ぬぐえず」の大きな文字が躍っていた。

これはフランス、ド―ビルで開催された
主要8カ国首脳会議における各国の日本に対する反応だ。

確かに、大惨事発生以来の
東電、原子力保安委員会、政府間の
「言った」、「言わない」、
「やった」、「やらない」にかかわる茶番劇に似た経緯を見ると
各国から大きな懸念の声が上がるのも尤もだ。

時を同じくしてIAEAの調査団が
漸くというか若干、時期を失したかがごとく到着した。

IAEA(International Atomic Energy Agency)、
1957年に”原子力の平和利用を促進する国際機関”として誕生した。

本部はオーストリアのウイーンであるが
東京とトロントに地域事務所を持ち
ニューヨークとジュネーブに事務所を持っている。

更に、2009年以来5代目となる事務局長は
日本人の天野之弥氏である。

事故発生直後、天野氏の名前はマスコミにも登場したが
その後、何処かに消えたかのように埋没してしまった。

IAEAこそ唯一無二の原子力平和利用に係る国際機関、
ならば、彼らこそ発生当事国、日本との協調の上
積極的に介入すれば事態は変わっていたのではないかと思われる。

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by shige_keura | 2011-05-28 17:29 | その他 | Comments(0)
一族郎党の争い
日本の中央競馬レース数々ある中で
最も馬券売り上げの高いのが暮れの有馬記念
競馬のドリームレースと言われている。

しかしながらオーナーをはじめ競馬関係者、
調教師、騎手達にとって
最も特別な想いを抱くレースが通称、日本ダービー、
正式レース名が東京優駿競走である。

競馬の本場、英国では「一国の首相になるよりも
ダービー馬のオーナーになりたい」と言われるほど
競馬の祭典、ダービーは特別なレースなのだ。

さー、特別な大レース、第78回日本ダービーが今週末
中央競馬に登録されている3歳馬約7,500頭のうち
僅か18頭の出走馬によって争われることとなる。

ダービーに出られるだけでも0.02%の狭い門、
その昔は調教師に「第1コ-ナーは先頭で廻ってほしい」と頼むオ-ナーが居たし、
その願いどおりに無茶なハイペースで最初だけは先頭を走る
いわゆる、”テレビ馬”が耳目を賑わせたりしたものだった。

ことほどさように、ダービーは唯一無二、格別のレースなのだ。

さて、水曜日の日経紙に興味ある記事が掲載されていた。

「今年のダービーはサンデーサイレンス一族の戦い!」

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by shige_keura | 2011-05-27 08:38 | スポーツ | Comments(0)
雨のオークス、静かな湖畔 -後篇-
5月下旬の山中湖畔の日曜日夕刻
普通ならば人、車のざわめきが感じられるのだが
今日に限っては森閑としている。

皆、天気予報を信じ、帰りを急いだか?
或いは雨を避け、御殿場のプレミアム・アウトレットで買い物しているのか?

雨にぬれた新緑が目に心地よく
まるで優しく洗眼されているかのようだ。
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桜、藤の季節は終わりをつげ
山吹が満開に差し掛かろうとしている。
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雨は小やみになったとはいえ
散歩をする天候ではない。

何をしようか?????

ふと思いついて、CDを取り出して聞くことにした。

カーペンターズの澄んだ歌声が
新緑に吸い込まれていく。
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「いいね、いいね!! ピッタリだぜ!!」
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本来ならばジントニックか?ハイボールか?
傾けたいところだが今回は堅く禁酒を誓っている。

CDラックを眺めているうちに
そばの本棚にある一冊の本に目が止まった。

故向田邦子さんの文庫本、「父の詫び状」である。

恥ずかしながら、今まで、彼女の作品を何故かパスしてきた小生、
丁度良い機会とページを開いた。

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by shige_keura | 2011-05-26 09:05 | | Comments(0)
雨のオークス、静かな湖畔 -前篇-
「昼過ぎから天気は下り坂に向かい、
 ところにより激しい雷雨となるでしょう」

天気予報がピタリと的中し、
今にも泣き出しそうな鉛色の空の下、
東名高速を御殿場に向かった。

5月22日、日曜日の午後2時過ぎ、
ラジオからは競馬中継が流れてきた。

「第72回オークスの馬体重の発表です、
 先ほどから東京競馬場は黒雲に覆われ、今にも降り出しそう、
 果たして1時間後のレースまで天候はもつでしょうか?」

府中は未だ落ちてきていないようだが、
大井松田からの山道にかかったあたりで、
ワイパーのスイッチを入れた。

御殿場インターは深い霧に包まれ
対向車のライトがボーっと霞んでいるなか、
籠坂峠を経て山中湖畔にコースを取る。

遠雷がかすかに耳に届く、
湖畔到着5分後にお馴染みのG1ファンファーレが
高らかにラジオから聞こえてきた。

「東京競馬場はもの凄い雨です、
 馬場発表はいまだ良ですが
 3年続きの雨中の女王決定戦となりました」

選ばれし美女たちの一生一度の晴れ姿、
青空の下で戦わせたかったものだが・・・・

振り袖姿、晴れの成人式に豪雨は酷と言うものだ。

18頭の若駒が雨に濡れて光るターフを蹴って
未知の距離、2400メートル先のゴールを目指し
第1コ-ナに殺到する場面が目に浮かんだ。

向こう正面流しまでは淡々と、
3コーナーの欅の木立が見える辺りで
アナウンサーの声も熱を帯びてきた。

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by shige_keura | 2011-05-25 08:27 | | Comments(0)
春の信濃路 -昔々の味と、むかしの味-
それは今から50年以上昔々の頃の中学生時代、
家族と白馬へスキーに行った時のことだ。

帰りの松本で夜汽車を待つ間を利用して
父が市内の中華料理店に案内してくれた。

その店は山歩きが好きだった父が前から知っていたものなのか
或いは駅で聞きこんだものなのか
今となっては分かるすべはない。

店の名前も場所も全く覚えていないなかで
料理の旨さだけは記憶にしっかりと刻みつけられた。

肉が沢山入った焼売、香ばしい焼き豚、
そして驚きはパリッとした細麺に
たっぷりとあんかけの具がかかっている焼きそばだった。

こんなに旨い焼きそばは生まれて初めて、
それが東京を遠く離れた松本で味わえるとは!!

極端に言ってしまえば、
この時のスキー旅行での最大の思い出が
松本で食べた焼きそばの味だった。

それから30年以上も年月が経過した或る日、
と言っても今から20年もの前の事だが、
突然、その店の名前が分かったのだ。

それは、ご贔屓、故池波正太郎さんの名随筆、
「むかしの味」を読んでいた時のことだ。
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文中の「中華料理ー松本市・竹乃家」と題した
一篇を抜き書きしてみよう。
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「戦前、山歩きをしていた私は
 或る友人から松本の「竹乃家」を紹介され
 自家の竈で焼いたチャーシューを口にし忘れられぬ味となった。

 戦後、再び松本を訪れた時
 「まだ竹乃家はあるのだろうか?」
 懐かしく思い尋ねてみると
 お店も独自のチャーシューも健在だった。
 
 そして、あらためてこの店の料理の旨さに驚いた。

 以降、松本へ立ち寄れば
 必ず竹乃家の料理を口にせずにはいられない。

 自家製の細打ち焼きそば、
 名物の焼売、ワンタン、酢豚、
 昔から日本人の舌に馴染んできたものの旨さは言うまでもないが
 他の全ての料理やスープも捨てがたい味を持っている。」

ここまで読み進めた時、
この店こそあの時の中華料理屋の思いがこみ上げ
料理の写真を見た時、それは確信となった。
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「昔々の味」が随筆、「むかしの味」で繋がった!

「そうか! 竹乃家だったのか!!」

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by shige_keura | 2011-05-24 08:41 | | Comments(0)
春の信濃路 -素敵な美術館、松本編-
最近の観光地の特徴の一つに
ひとまわり小型で可愛い”まち周遊バス”を走らせていることだ。

1日券を購入すれば、乗り降り自由
町の観光名所をぐるりと回れるのだから便利至極だ。

この松本にも3台の周遊バスが市内を循環しているが
中の1台には”水玉乱舞号”という特別な名前が付いている。
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これは、この町が生んだ世界的な前衛芸術家、草間弥生が
彼女のトレードマークである水玉をモチーフにデザインしたものだ。
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私が彼女の作品を初めて見たのが十和田現代美術館前、
そこにはカラフルでユニークな作品の数々が
官庁街の松並木に沿って展示されていた。
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               (十和田現代美術館前の弥生の作品)
しかしながら、彼女が松本市出身とは今まで知らなかった。
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今、草間弥生の奇抜で目を引く作品が
松本市近代美術館に常設展示されている。
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明るく清潔な美術館正面入り口前の広場には
彼女制作の巨大オブジェが
これ以上ない存在感を持って迫ってくる。
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たまたま訪れた日が雨模様、
雨にぬれたアスファルトにも彼女の作品が浮かび上がり
晴れた日とは一味違った景観を生み出している。
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by shige_keura | 2011-05-23 16:51 | | Comments(0)
春の信濃路 -信州の味、その二-
10年ほど前のことだが
当時、九州に勤務していた娘婿に案内されて
九州の長崎、霧島、阿蘇、熊本と旅をしたことがあった。

それは、熊本での一夜、
何の変哲もない居酒屋風馬肉料理店、
そこで食べた馬肉の旨さは
店構えからは想像できぬものだった。

霜降り、赤身、脂身、様々な部位の肉を
刺身、串焼き、桜鍋、締めのお寿司、
バラエティに富んだ馬肉の美味しさは
そのときの旅のハイライトとひとつとなった。

しかしながら東京で食べる馬肉は
熊本のそれとは似て非ざるものとなってしまう。

例えば、馬肉の名店と謳われている、
森下町の”みの家”、浅草の”中江”、
不味くは無いのだが熊本の味を知った後では
特段、魅力を感じない一品となってしまうのだ。

その大きな理由は肉の臭みにある。

熊本の馬肉の味は勿論牛肉とは違った匂いがある、
が、しかしその臭いはいやなものではなく
食欲を増進させるものだ。

一方、東京の馬肉の味は
食べた時に肉の気になる匂いが鼻につく。

熊本と東京の馬肉の味の違いは
肉の新鮮さから来ているような気がする。

だからこそ、東京で食べる馬肉鍋、
通称”桜鍋”は匂いを消すために
味の濃い、”味噌仕立て”となっているのではないか。

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by shige_keura | 2011-05-20 22:16 | | Comments(0)
気合不足はあんたの方だ
”春の信濃路”は1回お休みして
プロ野球のお話をひとつはさもう。

5月17日、交流戦初日、
楽天は本拠地で巨人に9回2死から
まさかの逆転負けを喫した。

試合後、楽天、星野監督は怒り心頭、
壁を蹴飛ばし、記者を睨みつけ「そこどけっ!」と一喝、
ナインを緊急招集してハッパを掛けた。

「お前ら仙台のファンに何と言ってるんや!
 気合が足りん!気合が!!」

しかし、この試合の敗戦の元凶は
監督、星野の気合不足に有ると私は思う。

「星野さん、敗戦はあんたの気合不足にあるんや!!」

試合は3-2、楽天1点リードのまま9回に入った。

抑えの新外国人サンチェスは
3,4番の坂本、ラミレスを150キロを超える速球で
苦もなく連続三振に切って取った。

これで、ほぼ大勢は決した、と
楽天ベンチも思ったことだろう。

一方、私は何故か波乱の予兆を感じつつ
普段は聞かないラジオ放送を聞き続けた。

阿部が何とか球に喰らいつき
センター前にしぶとく運んだ。

「さー、面白くなったぞ!
 いくら球威があっても、
 このての投手はランナーが出るとまるで変わるから」

ここで、打順は長野から矢野へと続く。

長野への初球がワンバウンドの暴投となり
代走の大田は2塁に進み一打同点と局面は変わった。

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by shige_keura | 2011-05-19 08:26 | スポーツ | Comments(0)
春の信濃路 -巨匠の”夢”舞台-
世界に名高い日本人監督の最高峰と言えば
黒澤明を推す声が最も強いだろう。
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               (1990年、アカデミー名誉賞受賞
                黒澤を尊敬するJ・ルーカスとS・スピルバーグと)

その黒澤が彼自身のメッセージを込めて作ったのが
1990年の「夢」、既に80歳の老境に達した時の作品だ。
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この映画は、黒澤が自身で見た夢を題材にし
8話からなるオムニバス映画である。

その中の、最終話、「水車のある村」の撮影が
大王山葵農場脇で行われた。
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そこは美しき緑の草原の中を
清らかな湧水が湧きあがる小川が流れ
脇には三つの水車がゆっくりと廻っている。
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1980年の「影武者」以降
画面の色彩トーンに神経を張り巡らせた黒澤だが
ここは、当時の彼がいかにも好みそうな場所である。

しかしながら、私が好きだった頃、
即ち「七人の侍」から「天国と地獄」までの黒澤ならば
このような静寂そのもの、又、美しすぎる場所をロケ地には選ぶまい。
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「七人の侍」、「用心棒」、「椿三十郎」
そして「天国と地獄」からは
黒澤の映画にかける熱い情熱と
豊かなエネルギーが画面からほとばしっていた。

即ち、画面は男性的な動きを通して
黒澤の娯楽映画の真髄を伝えていた。

目の前に広がる静かな”夢”舞台を見ていると
黒澤とならぶ世界的大監督共に
如何に有能であれ、
年には勝てぬという想いがこみ上げてきた。

その大監督とはアカデミー監督賞を4度獲得した
アメリカのジョン・フォードである。

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by shige_keura | 2011-05-18 09:13 | | Comments(0)



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