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旧ユーゴを巡る -混乱のシャープペン-
今回はクロアチアを発祥とする品物についての話題だ。

先ずは表題とは関係無いお話である。

この画像は首都ザグレブで写したものだが、
民族衣装を着飾った若いカップルは
単にデートしているわけではなく
或る品物の宣伝の為に手をつないで歩いている。
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その品物は男女のいずれかが身につけているものだ。

さー、お分かりか?

身につけている人は男性、
我等御同輩、男子とすれば必ずや
ある時期は必携の品であったはずだ。

それは、男性の首に巻かれている赤いスカーフ、
これが世界でのネクタイの発祥とされている。
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ネクタイを欧州ではクラヴァットと呼んでいるが
これは、クロアト(クロアチア人)から派生したものだ。

時は17世紀、フランスのルイ14世を守る為
多くのクロアチアの兵士がパリに向かった。

その時、彼等は無事帰還の言わばお守りとして
妻や恋人から贈られたスカーフを首に巻いたのだ。

それを見たルイ14世が
側近に「あれは一体何だ?」と尋ねた。

ところが、聞かれた側近はクロアチア兵士の事と勘違いし、
彼等は「クロアト」ですと、答えたのがクラヴァット命名の起源である。

今や、電力節減、クールビズ等で
ネクタイの登場が少なくなってきたが
妻、恋人の祈りが込められた大切な品物が発端であったことを
偶に首に締めていくときは思い出してほしい。

決して、バーや料亭に
お洒落していく時のものではないのだ。

ザグレブをはじめクロアチア各都市
有名な高級ネクタイ屋を見かけた。
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中には1本、10万円と法外な値のついているものもあったが、
いずれにせよ、爺にはもはや関係ないので
素通りをしたことは言うまでも無い。

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by shige_keura | 2011-06-29 17:23 | | Comments(0)
旧ユーゴを巡る -皇帝はスローライフがお好き?-
ローマ帝国の起源を帝政ローマと規定すれば
その始まりは紀元前63年、初代皇帝はアウグストゥスとなる。

誕生以降、西ローマ帝国は476年、
東ローマ帝国は1453年迄、
世界史にその名前を刻みこんだ。

帝国を領土的に見た場合、
117年のトラヤヌス帝、治世下に最大となる。

その面積は約500万キロ平方メートル、
これは今の世の中で比較すれば
ロシア、カナダ、中国、アメリカ、ブラジルに次ぎ第6位、
欧州全体面積の50%にも及ぶ!

これは、古代から近世へかけての世界史上、
稀に見る大帝国に違いない。

広大な領土を持つ帝国ローマ
その長い歴史上には当然、紆余曲折、浮き沈みが繰り返されていった。

長い歴史を帝政後期として切り取ってみると
その始まり、284年に皇帝ディオクレティアヌスが登場する。
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彼は、数多くのローマ皇帝の中でも名前は売れていたが
今回、所縁の土地を訪ねることで
彼のユニーク性をより知ることとなった。

ディオクレティアヌスは244年、
現在、クロアチアの第2の都市、スプリットの北へ5キロ、
サロネと言う小さな村に解放奴隷の子供として生を受けた。
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               (バスより見たサロネの遺跡、背後は今の町)

その後、戦乱の世で頭角を現した彼は、
40歳の時に頂点、皇帝の座に就いた。

さて彼は皇帝在位中何をしたのだろうか?

彼のマイナスも含めた業績を3点に絞ることが出来る。

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by shige_keura | 2011-06-28 17:32 | | Comments(0)
旧ユーゴを巡る -魔宮の伝説体験-
ハリウッドの大立者、ジョージ・ルーカスと
スティーブン・スピルバーグが組んだ作品が
あの人気映画、「インディー・ジョーンズ」シリーズとなる。

全4作中、3作目の「最後の聖戦」も
大御所、ショーン・コネリーをインディの父に起用し
アクションと同時に親子のユーモア溢れる絡みもあり面白かった。

しかしながら、第2作目の「魔宮の伝説」は
全編、ハラハラ・ドキドキ
手に汗握るスリルに溢れた作品として
シリーズ最高傑作であることは間違いない。
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全員神隠しにあった村の子供達と
不思議な力を持つ光る石を求めて
インディー・ジョーンズはインドの秘境に入り
悪の一味と壮絶な戦いを繰り広げていく。

この作品以降、インディ・ジョーンズシリーズに
「ジェットコースタームービー」の異名が奉られることとなった。
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それは、全体のストーリーが実に変化に富んで
しかもジェット・コースター並みにスピーディであることと、
更には実際に、後半のハイライトの場面で
魔宮内でインディと敵のトロッコ(ジェットコースター)が
追いつ追われつのアクションを繰り広げたからだ。
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今回の旅行でお遊びとしてのお楽しみのひとつが
スロベニアに有る大洞窟で「魔宮の伝説」体験が出来る事だった。

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by shige_keura | 2011-06-27 08:32 | | Comments(0)
旧ユーゴを巡る -Arenaのある町-
Arena(アレーナ)、は日本ではアリーナと言われている、
例えば、埼玉アリーナはサッカー・ワールドカップの会場だ。

アレーナとはラテン語の”砂”の意味だが、
ローマ帝国お馴染みの円形闘技場を意味する。

つまり、闘技場で行われる戦いで流れ出る血を吸い取る為に
闘技場の表面に砂が撒かれていたからだ。

ローマは誕生から最盛期にかけて
領土内に200を超えるアレーナを建設した。

その最大のものがローマに建設されたアレーナで
”大きい”、”偉大”という意味の「コロッセオ」で呼ばれている。

ローマ時代のアレーナは現在でも12-15ほど残っており
今まで私が見たのは以下の4つの円形闘技場だ。

               (イタリア、ローマ)
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               (イタリア、ベロナ)
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               (フランス、アルル)
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               (チュニジア、エル・ジム)
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今回の旅行で私のアレーナ・コレクションに
あらたに、ひとつ加わる事になった。
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それが、クロアチアのイストラ半島の南端に位置するプ―ラ、
ローマ帝国時代は貴族の保養地であり、
貿易の要衝地としても栄え、今は観光地として賑わっている。
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by shige_keura | 2011-06-25 08:59 | | Comments(0)
旧ユーゴを巡る -甘辛二品-
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スロベニアの国旗は
赤青白のトリコロールに山と星を配したデザイン、
この山が、国の最高峰トリグラフであることは前に述べた。
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               (残念ながら曇りでトリグラフは見えず
                見たのは最初に登頂した3名の記念碑のみ)

さて、同国の国樹とされているのが菩提樹、
現地人のガイドは「ライムトゥリー」と言っていた。
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菩提樹は私にとってはドイツ語のリンデンバウム、
英語では”Rinden Tree”の方が親しく
Lime Treeの呼び名は初めて聞いた。

Limeとは石灰石のことなのだが
何故Lime Treeが菩提樹なのだろう?

今回訪れた時が丁度菩提樹の花の満開、
細かく白い花々は石灰石を散りばめた様でもある。

多分、このことが語源となっているのであろう?

満開の菩提樹の下に入ると
ほのかに甘い香りに包まれる。
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スロベニアだけでなくクロアチア、モンテネグロ
全ての国で多く見られた菩提樹
この花から作られる蜂蜜がこの地方の特産品である。

ここはスロベニアの首都、リュブリャナ、
町全体が何故か活気に溢れ躍動感を感じる。
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               (丘の上からみた市の全景)
その主な理由が若者が多い事だからだろう。
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何故なら、リュブリャナの人口は30万人、
その中に占める大学生は実に5万6千を数えるのだ。
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               (堂々たるリュブリャナ大学)
内、3万人はリュブリャナ出身者で
2万6千は他都市からの進学者だ。
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この数字は大学生のみの事なのだから
この国は日本とは全く違って若者主体であり
将来は前途洋洋と開けている。

町の観光名所のひとつ聖ニコラス寺院に向かうとおりに
小さいながらも素敵なお店がある。
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蜂蜜関係の食料品店である。
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日本でお馴染みのアカシア、レンゲ等の蜂蜜、
そして勿論、菩提樹の蜂蜜、多くの種類の品物が
品良く並べられている。
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蜂蜜に浸かったクルミやアーモンド等のナッツも美味しそうだ。
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蜂蜜を使ったリキュールもあり
どれもが魅力的なのだが
瓶詰めだけに重たいのが玉にきず!

まだまだ、旅は長い、
最小限の買い物に切り上げて
店を出ると真向かいにこれまた上品な店が我々を呼んでいる。

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by shige_keura | 2011-06-24 08:30 | | Comments(0)
旧ユーゴを巡る -007最高傑作の舞台-
長い歴史を誇る洋画の中にあって
最高、最長の人気シリーズと言えば
誰もが007、ジェームズ・ボンドと言うだろう。
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このほど、新たな製作が危ぶまれていた
最新作、第23作目の撮影が開始されたとのこと、
多くの007ファンはホッとしたことだろう。

過去22作のボンド映画の中で
誰もが最高傑作と認めているのが
第2作目の「ロシアより愛をこめて」になる。

ただ、面白いのは日本で初公開された1963年、
その題名はオリジナルタイトルとは異なった
「007/危機一発」だった。
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本来ならば「危機一髪」となるところを
作品内容を吟味し、観客にアピールするために
「危機一発」としたあたりに
映画配給会社の洒落た智恵が窺える。

智恵者は丁度私が映画配給会社ユナイトで
アルバイトしていた時の宣伝部長、水野晴郎氏だった。

その甲斐あって、この作品は爆発的ヒットを記録し
007シリーズの人気を不動のものとした。
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この映画がシリーズ中最高傑作とされる理由は幾つもある。

先ずは、話の筋が複雑で奥が深いこと。

他の作品がボンド(英国情報部)対ソ連或いは悪の組織のように
敵味方の構造がが単純であるのに対して、
この映画はボンド(英国情報部)、東側(ソ連情報部)、
そして悪の組織(スぺクタ-)の三すくみの争いが展開される。

次にスぺクタ-の殺し屋に扮するロバート・ショ-が
シリーズ中、最高の手練で、冷酷無比であること。

更にはイタリアの美女、ダニエラ・ビアンキが
シリーズ最高のボンドガールとして
上品なお色気をふんだんに醸し出していること。
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そして、勿論ボンドに扮するのが
まさに極めつけ、ショーン・コネリーであること等々だ。

最後に忘れてならないのは
話の展開が当時の日本人にとっては
まさに憧れのエキゾチックな香り豊かな地域で繰り広げられていくことである。

発端の舞台が欧州とアジアの接点の場所に位置するイスタンブール、
そこからオリエント急行に乗ってベオグラードからザグレブへ、
その先で汽車を下りて、モーターボートでアドリア海を横切って
海の都、ヴェネチアで大団円を迎えるのだ。

その間、異国情緒たっぷりのイスタンブールのモスク、
豪華なオリエント急行列車内、
美しきアドリア海から陽光煌めくヴェネチアのサンマルコ広場等々
観客はスピーディな話と共に欧州の名所をたっぷりと味わう事が出来たのだ。

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by shige_keura | 2011-06-23 16:51 | | Comments(0)
旧ユーゴを巡る -アドリア海の真珠-
スロベニアのブレッド湖が「アルプスの瞳」ならば
クロアチアのドブロヴニクは「アドリア海の真珠」と謳われ、
1979年世界遺産に指定された美しき都である。
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ドブロヴ二クは今回の旅で三連泊、
言わば旅のハイライトとの町と言って良いだろう。

この町はアドリア海沿岸、ダルマチア地方最南部に位置し
歴史的に海洋貿易で大いに栄えたところだ。
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尚、ダルマチア地方とは今のクロアチア一帯に
7世紀頃、スラブ民族に追われた
クロアチア先住民がすみついた場所の総称だ。

話は脱線するが、ディズニーの「101匹ワンちゃん大行進」の主役は
この地方が先祖と言われているダルマチア犬である。
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中世当時この町はラグーサ共和国と名乗り
対岸イタリアの海洋国家、アマルフィ、ピサ、
ジェノヴァ、ヴェネチアと5海洋国家として君臨していた。
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中でも最強海洋国家として名を馳せたヴェネチアとは
アドリア海を挟んで互角に渡り合う、したたかな強さを誇示した。
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その後も平和な国家、町を維持していたのが
ユーゴの内戦で状況は一変した。

クロアチア独立に反対したセルビア・モンテネグロによって攻撃され
1991年には7か月も町を包囲された。
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               (今でも教会の壁に残る爆撃痕)
その間、激しい爆撃で町は大きな被害を蒙った。

しかしながら、クロアチアが独立をかち取ってから
ドブロヴニクはかつての真珠の輝きを取り戻し
多くの観光客を魅了している。
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               (高所恐怖症の私としては決死のショット)

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by shige_keura | 2011-06-22 07:38 | | Comments(0)
旧ユーゴを巡る -つぶらな瞳-
観光名所には言葉として、
”瞳”とか“真珠”が使われることが多い。

ところが、中には「なんでこれが瞳なんだ」、
看板に偽りあり、の場合がままある。

今回の旅程の中にも
”瞳”と”真珠”を謳っていた場所があったが
どちらも、言葉通りの掛け値なしの美しさだった。

旧ユーゴの東北に有るスロベニア、
面積は九州の半分ほどだが
6つの共和国の中では、とびぬけた裕福な国である。

旧ユーゴ全域のGDP平均が2635ドル、
その中でスロベニアは5315ドルと突出している。

豊かなGDPを支えている
ひとつの要素が美しい自然を背景とした観光収入である。

ここはオーストリアとの国境に程近いブレッド、
小さな田舎町の真ん中に有る湖が
”アルプスの瞳”と謳われるブレッド湖だ。
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湖畔の最も眺望の開けたところに今でも残る立派なお屋敷、
それが終身大統領として君臨したチト-の別邸である。
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ユーゴの偉大な父、カリスマ指導者が
別邸を定めたところにも、ここブレッドの美しさが窺われるところだ。
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by shige_keura | 2011-06-21 08:37 | | Comments(0)
旧ユーゴを巡る  -民族・宗教・言語の錯綜―
6月1日から13日にかけて
東ヨーロッパのクロアチア、スロベニア
そしてモンテネグロへの旅に出た。

この3カ国、私にとって国名としての馴染みは
かつて親国であったユーゴスラビアの方が親しみが持てる、
例え、その名前が世界史の上で存在したのが
100年足らずであったとしてもだ。(1929年ー2003年迄)

1918年、セルビア王国を母体とした
セルブ・クルワ―ト・スルヌーブ王国が誕生し
これが1929年、ユーゴスラビア王国と改称した。

世界史におけるユーゴスラビアの誕生だ。

その後、1945年、社会主義に移行し
ユーゴスラビア連邦人民共和国と名前を変え
カリスマ指導者、チト-大統領の下
スターリンとも袂を分かった
独自の社会主義国家として存在感を示していく。
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しかしながら1980年、チト-逝去後
国内は宗教、民族等の対立が激化し
1991年に遂にユーゴースラビア紛争にまで発展する。

もともと、ユーゴの翼の下には
6つの共和国、5つの民族、4つの言語
3つの宗教がひしめいていたのだから
偉大なるチト-ならではの統一国家だったのである。

1992年、セルビアとモンテネグロ主体の
ユーゴスラビア連邦共和国が生まれ、
ユーゴとして名前は保ったものの
2003年にセルビア・モンテネグロ共和国と改称し
ここにユーゴスラビアの名前は世界史から消えていったのだった。

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by shige_keura | 2011-06-20 12:57 | | Comments(0)
大森で採れても浅草海苔 -4-
戦後の日本の復興は工業化によって促進され
その一大基地となったのが京浜工業地帯である。

工業化に向かう事で日本は飛躍的復興を遂げたが
一方では工場がはきだす廃液、煙が公害をもたらし
美味しい海苔漁場の大田の海は荒廃していった。

更には、東京湾の整備計画にあって
大きな面積を占めていた海苔漁場は大きな障害となっていった。
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(上の写真は当時の東京湾の俯瞰、湾内に海苔養殖いかだが広がっている)

遂に昭和37年、12月大田は
東京港の改修と引き換えに
250年以上続いた海苔養殖業に幕をおろし、
海苔生産地から卸売地へと転換をはからざるを得なかった。

以降、海苔漁場であった海には人工島が築かれ
海苔乾し場の陸地には中小の機械金属工場が建設された。

今や、大田の機械金属工業は
小さいながらも日本の誇るハイテク産業の
縁の下の力持ちとして揺るぎない地位を確立している。

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by shige_keura | 2011-06-18 22:37 | その他 | Comments(0)



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