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明治の男と梅の香り
2月27日、午後3時過ぎ、
雲間から時折太陽は顔を出すものの
北風は容赦なく身を突き刺す。

先週は春の気配を感じたのも束の間
今年の冬将軍は誠に手強い。

「梅一輪一輪ほどの暖かさ」 

今年は何時になればこの句を実感できるのか?

ところで、これは誰の作だっただろうか?

芭蕉ではないぞ、さりとて蕪村でもないし・・・

(結局、服部嵐雪と分かったのは帰宅後だった。
 老人の記憶力は曖昧このうえもない)

そんな事を考えながら歩を進めるうちに
目黒区青葉台に差し掛かったとき、
何やら春の香りが漂ってきた。

これは梅の香りに違いない!

一体どこから???
考える暇も有らばこそ、
道の右手に満開の白梅が目に入ってきた。
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「菅刈公園」入り口の左手、
5,6本の梅の木が今や満開の見ごろを迎えている。
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自然は素晴らしい!

こんなに厳しい気候にもかかわらず
咲くべき時期にはちゃんと花を咲かせてくれる。

花の下のたつと、
春の香りが満開!!
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by shige_keura | 2012-02-29 15:59 | | Comments(0)
蒸す旨み (豚バラと白菜)
先日放映されていた、NHK朝イチ、
和洋中、蒸し鍋三種より、
「野菜シャッキリ! 低温蒸し鍋」にトライした。

料理をする場合、焼く、煮る、茹でる、
そして偶に揚げることはするが
蒸すことは滅多にやらなかった。

ところが、ある時、特に野菜の場合
蒸す旨みが非常に美味しいので
以来、旬の野菜を蒸して楽しんでいる。

カボチャ、オクラ、ナス、そしてキノコ類、
蒸した野菜は一味違ってくる。

今は冬、野菜の価格は高騰しているが
白菜を食すには絶好のタイミングだ。

用意するものは、そのほかには
豚バラ肉、シメジ、塩コンブ、そして柚子の皮、
全く持って単純至極な料理である。
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但し、下ごしらえが、
男には若干難しい。

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by shige_keura | 2012-02-28 18:32 | | Comments(0)
Red Shoes Legend -Part 4-
何故、きみちゃんは
「赤い靴」を履いていたのだろうか?

きみちゃんの靴については
何処を探しても何の記述も無い。

時は明治時代の北海道、
革靴、それもお洒落な赤い靴?
どこに有ったのだろうか?

物語風に考えればこうなる。

母、かよはきみちゃんを手放すのは
身が切られるほど哀しかった。

だから、せめてもきみちゃんが喜ぶに違いない
可愛い赤い靴をはかせて送り出したかった。

貧しい開拓民、革靴を買う余裕が有るわけはない、
よしんば、金が出来てもどこで買えるのだろう?

母はなけなしの金を握り締め
札幌まで出向いて必死で靴を探したに違いない。

赤い靴を買って与えた、かよ、
それが母として精一杯の出来ることだったのだろう。

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by shige_keura | 2012-02-27 10:01 | その他 | Comments(0)
Red Shoes Legend -Part 3-
私にとって、懐かしの麻布本村町、
その昔、1908年(明治41)、
正確な場所は分からぬが、ひとつの孤児院が出来て
18名の孤児が収容されていた。

この孤児院は、もともと東洋英和女学院生徒の
ボランティアが発展したものだった。

1908年(明治41)、孤児院は同じ麻布の永坂に引っ越し、
「永坂孤女院」の名前で薄幸な子供達の面倒を見た。
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2階建ての建物、1階は日曜学校、
2階が孤児たちの生活の場として供された。
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経営母体は東洋英和女学校、
責任者の名前を取って、"Carmen Hall”と通称呼ばれていた。

アメリカ人宣教師夫妻が帰国したのが1908年だから
きみちゃんは「永坂孤女院」の設立当初から預けられたことになる。

恐らく、孤女院関係者は一生懸命
きみちゃんが元気になるように励ましたに違いない。

しかしながら、きみちゃんの病状は深刻の度合いを深め、
1912年(明治44)、9歳2カ月の短い生涯を終えた。

従って、きみちゃんは異人さんに連れられて
アメリカに行ったことはなかったのである。

それなのに、何故、あのような歌詞が出来たのだろうか?

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by shige_keura | 2012-02-25 09:13 | その他 | Comments(0)
Red Shoes Legend -Part 2-
佐野きみちゃんは、1902年(明治35)、
静岡県の貧農、岩崎かよの娘として生まれた。

母、かよは10代半ばで家計を助ける為に
甲府に女中奉公として出され
数年後、故郷に戻り、きみちゃんを産んだ。

甲府に出稼ぎに行った娘が
何時の間にか故郷に戻り、
ひっそりと娘を産んだ。

父親は誰か?
少なくとも、甲府に父親の影はない。 

世間の見る目は冷たかった、
「なんと、ふしだらな女だ!かよは!!」。

耐えかねたかよは
3歳になったきみちゃんを背負って
北海道は函館、母の入り婿、佐野安吉のもとへ逃げた。

きみちゃんが佐野姓を名乗ったのは
安吉の養女として入籍したからなのだ。

かよは弟、辰蔵を函館に呼び寄せ
開拓民として生きてゆく決意を固めた。

しかしながら、もともと病弱なきみちゃんにとって
開拓地の環境は余りにも過酷だった。

かよは泣く泣く、安吉に頼み込んだ。

「娘を函館のアメリカ人宣教師に
 引き取ってもらえるようにしてくれないか」

母、かよとして、苦渋の選択だったに違いない。

もっと悲惨なのはきみちゃんだ。

当時6歳の彼女、もの心ついてきた多感な年頃、
命綱とも言える母と引き離され
外人の元へ預けられることになったのだから。

辰蔵はかよの頼み通り、
きみちゃんを預けたのだが
宣教師夫妻の名前は、かよに教えなかった。

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by shige_keura | 2012-02-24 09:42 | その他 | Comments(0)
Red Shoes Legend -Part 1-
"Red Shoes Legend"、「赤い靴の伝説」。

「赤い靴」と言えば、すぐ脳裏に浮かびのが
野口雨情作詞、本居長世作曲の同名人気童謡である。

「赤い靴履いていた女の子 
 異人さんに連れられて行っちゃった
 横浜の埠頭(はとば)から船に乗って
 異人さんに連れられて行っちゃった・・・・・・・」

私は子供の頃、この歌が嫌いだった。
気味が悪かった。

メロディーも哀しげだったが、
何よりも歌詞がゾクゾクするほど不気味に感じられた。

可愛い女の子が、鷲鼻で目の鋭い
異形の男に連れて行かれてしまう!

これは、人さらいの歌だ!! 怖いーーー!!!

女の子が船に乗ったとされる横浜港、
綺麗に舗装された山下公園前の遊歩道に
「赤い靴をはいていた女の子の像」が1979年に作られた。
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青い海を見ている女の子、
如何にも寂しげで哀れを誘う。
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by shige_keura | 2012-02-23 08:54 | その他 | Comments(0)
より高く、より遠く、壁を超えた男たち (フルスイング)
日本のプロ野球歴史上、
最大の話題を提供した選手が長嶋茂雄さんだろう。

一方のアメリカ・メジャーリーグ、
私がリアルタイムで見てきた選手の中で
最もファンに愛されたのが
今日の、主人公ミッキー・マントルではないか。
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明るい笑顔、ダイナミックなプレー
ファンサービスに徹したプロ意識、
ポジションは内野と外野と違いこそあれ
二人は成績まで似通っている。


       年数 打率 本塁打 打点  四球  三振  盗塁
M・マントル 18 0.298 536 1509 1959 1710 153 

長嶋茂雄  17 0.305 444 1522  729 1174 190  

               (ジョー・ディマジオとテッド・ウイリアムスの間で)
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大きな違いのひとつはマントルの四球の多さだ。

四球を嫌うMLBにおいて、
同僚のマリスの通算四球数694に比べ
実働年数を差し引いてもマントルの四球数は突出している。

               (ドジャーズのスラッガー、デューク・スナイダ―と)
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三振が長嶋と比べて極めて多いのもマントルの特徴だ。

当時の監督、ケーシー・ステンゲルはマントルに対し
強振せずコンパクトに振れと指示した。

しかし、そのようなアドバイスはどこ吹く風、
マントルは力の限りフルスイングした。 

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by shige_keura | 2012-02-22 08:57 | スポーツ | Comments(0)
映画の中の酒 -ボンドと言えば・・・(後篇)-
「カジノロワイヤル」でボンドが頼んだマティーニ、
その理由は本にも映画にも紹介されていない。

何故、ボンドはここまで細かく指定したのか?

全ては推論するしかないのだが
次のように考えれば、なるほど! と、合点がゆく。

作者はこんなことを頭に描いていたのではないだろうか。

イアン・フレミングがシリーズを執筆し始めた1953年、
背景には緊張高まる「米ソ冷戦」があった。

この環境が、007をはじめ
多くのスパイ小説を生み出していく。

G・グリーン、「ハバナの男」、
ル・カレ、「寒い国から帰ったスパイ」、
F・フォーサイス、「ジャッカルの日」等々、
枚挙にいとまがない。

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by shige_keura | 2012-02-21 09:23 | | Comments(0)
映画の中の酒 -ボンドと言えば・・・(前篇)-
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007、ジェームズ・ボンドの酒と言えば
この決めゼリフ、「Vodka Martini, shaken not stirred」だ。
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普通ならば、ジンベースでステアするマティーニなのだが、
ボンドの注文は、
「ウォッカマティーニ、ステアせずにシェークで頼む」

このセリフが、初めて007シリーズの映画で登場したのが
第3作目の「ゴールド・フィンガー」である。

悪の巨魁、金の亡者、ゴールド・フィンガーに捕えられ、
自家用機でスイスからアメリカへの旅の途中、
極めつけボンド、ショーン・コネリーの発したセリフだ。
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以来、ボンド役者の殆ど全てが
決めゼリフのもとにドライ・マティーニを口にする。

ところが、ボンドの指定するドライ・マティーニは
これだけでは無いことが分かった。

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by shige_keura | 2012-02-20 10:58 | | Comments(0)
べストセラー読後感
700ページにもならんとする大長編ドキュメンタリー、
「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」が
ベストセラーとして人気を呼んでいる。

本の存在は、親友から借りて初めて知った。

余りのボリューム、更には繰り返しが多々あるので
正直なところ、若干のしんどさを覚えた。

しかし、本の軸に据えた事件が
今もなお、鮮烈な思い出として残っているので
当時を振り返りながら興味を持って読破した。

事件とは、本来ならば素晴らしいファイトが期待された
プロレスの日本一を決める試合だ。

主役は力道山と木村政彦、
1954年、12月22日、
超満員の観客をのみこんだ蔵前国技館で行われた。

詰めかけた観客は
定員の12,000人を上回る15,000人、
リングサイド席の切符が2,000円。

大卒初任給、5,000円と比べ高額チケットだが、
ダフ屋は20,000円で捌いていたと言う。

それよりも、街頭テレビに群がる人たち、
砂糖に群がる蟻とは良く言ったもの、
異様な熱気が広場を支配していた。
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当時、私の家には未だテレビは無かった。

しかし、この試合をどこで見ていたのか???
全く忘れてしまうほどに
タイトルマッチは凄惨を極めたものとなった。

なにが原因か謎のままだが
突如、凶暴化した力道山が
倒れた木村を滅多打ちに叩きのめした。
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これは試合ではなく遺恨に満ちた喧嘩だ!
誰もが殺伐とした想いを受けたに違いない。

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by shige_keura | 2012-02-17 09:17 | その他 | Comments(0)



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