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ルドルフの登場
もうすぐクリスマス!
子供達にとってサンタクロースが来る日を
今か今かと首を長くしているときだ。

サンタクロースは世界中の良い子に
プレゼントを配らねば行けない。

そこで登場するのがサンタさんが乗るソリであり、
それを引くトナカイ達だ。

クリスマスイブの夜、星空を背景に
天空をトナカイに引かれたソリでプレゼントを運ぶサンタ、
クリスマスカードに描かれる、お馴染みの光景である。

では、ここで問題です。

サンタクロースを乗せて世界を走り回るソリ、
引っ張るトナカイは何頭でしょうか?

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by shige_keura | 2012-12-23 03:18 | その他 | Comments(0)
ちょっといい話
イギリスよりも歴史は浅いとは言えアメリカはゴルフ大国、
数々の名プレーヤーを輩出してきた。

その中のひとりがジーン・サラゼン(1902年生)である。

彼はイタリアからの移民、貧しい家で育ち、
キャディとして日銭を稼ぎ、19才にしてプロに転向した。

その翌年、早くも頭角を現し、全米オープン、全米プロに優勝、
1932年、全英オープン、1935年、マスターズを制し
キャリア・グランドスラムを達成した。

彼の最強のライバルが1892年生まれの、ウオルター・ヘーゲン。

当時、アマチュアよりも低く見られていた
プロゴルフの社会的地位向上を実現した功績は大きい。

又、彼は派手好み、ショーマンシップにも溢れ、
わざと、ティーオフぎりぎりにロールスロイスで乗り付け、
颯爽と白のジャケットで車から降り立ったこともしばしばだった。

ヘーゲンと対極に居たのが生涯アマチュアを通したボビー・ジョーンズだ。

生真面目にゴルフを追求、
25才にして全英オープン、アマと全米オープンとアマ、
4大タイトルを同年で制覇しグランドスラムの名称の生みの親となった。

彼は28才であっさりと現役を引退したが
引退後の代表的な功績がマスターズの創設である。

ボビー・ジョーンズは1902年生まれでジーン・サラゼンと同年、
二人は無二の親友としてアマとプロとの違いはあれ、ヘーゲンとともに
アメリカのゴルフ界を牽引していった。

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by shige_keura | 2012-12-22 06:43 | スポーツ | Comments(0)
人間だから面白い
12月に入り、人気者、一時代を画した人の
訃報が続いている。

12月18日最高齢で将棋名人位を極めた
米長邦雄氏が69才で亡くなられた。

将棋連盟の現役会長で活躍されていた米長氏、
これも早すぎる死、慎んでご冥福をお祈りする。

私は将棋については駒の動かし方を知る程度、
典型的なヘボ将棋、「王より飛車を可愛がり」である。

しかしながら、一流棋士の対戦を見るのは好きで
日曜日のEテレ、「日曜将棋対局」を好んで見る方だ。

次の一手など皆目見当がつかぬし、
この局面で何故投了したのか訝しく思う事、度々である。

にもかかわらず、将棋対局が好きなのは
棋士の方が囲む盤面から漂う
人間勝負師の濃密な気配である。

将棋は囲碁よりも一発逆転、
たちどころに形勢が入れ替わる勝負と言われている。

必殺の勝負手を苦吟する棋士、
冷静、沈思黙考型も居るが
より個性的、表情豊かな棋士の方がが好きだ。

歴史を辿れば、大名人・大山康晴より
数々の物議をかもし、ある意味でハチャメチャの
升田幸三の方が好きである。

その延長線上で言えば、
昭和の大棋士、永世名人・中原誠より
戦績が劣っても米長邦雄の方に魅力を感じていた。

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by shige_keura | 2012-12-21 08:52 | その他 | Comments(0)
天才を繋ぐ糸  −3−
二人の天才を直接繋ぐ糸は無かったのだろうか。

古今亭志ん朝は落語について深く語ったことはないし
ましてや自分の芸を語るのを好まなかったようだ。

その点では、若い頃から落語論を書きまくっていた
立川談志とは対極に居た人だと思う。

「何故落語が面白いか?」 と聞かれて、
「そりゃ、タヌキが出て来るからですよ」とトボケていた程だから。

つまり、自分の芸を語ることは「野暮の骨頂」と考えていたのだろう。

その志ん朝が落語の一端、芸談をある人物と対談中に語った。

何とその時のお相手が中村勘三郎(当時勘九郎)だったのである。

時は2000年頃、対談中の「文七元結」の件の会話、
ちょっと長くなるが紹介しよう。

(Sは志ん朝、Kは勘三郎)
K あとで、金も娘も返って来ると、もう角樽の酒飲んで騒いでいる、
  というふうなのが長兵衛(文七元結・主人公)だと思う。

S そうです

K でも円生師匠のだと、人を助けていいことをした。
  酒も博打もやめて、いいお父つあんになるって聞こえる。

S 非常に真面目な好みですね。
  テメエの娘を吉原に置いてきた、
  それで得た金を人にやれる訳がねえ、という人もいるけれど、
  しかし長兵衛はやっちゃう人なんですよ。
  娘はたとえ泥水につかっても死なねえが、
  おめえは今死ぬって言うからやるんだ、
  という、単純な割り切りね。

K うちの親父にしろ、お父様にしろ、あの場合だったら
  絶対、金投げ出しますよね、発作的だから。

S そう、こまっけえところにすごく細かくて
  でっけえところになると発作的になる。もうひとつ深く考えてないんだよね。
  しかしいいねえ、こんなこと言ってられるんだから、われわれの商売は。

K アハハ、ほんとだ。

S 楽しいじゃないですか、人間を追求して、突き詰めて・・・・・、
  結構な生業ですな。

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by shige_keura | 2012-12-20 09:27 | | Comments(0)
天才を繋ぐ糸  −2−
子供達二人が親の芸域を既に超えたのかどうか?
それは分からない。

例えば、志ん朝を見てみれば、
父親の飄々とした味わいの域には達していなかった。

ただ、この味は年輪を重ねていくほどに
じわじわと沁み出てくるものであり、
あのまま生きていたら
父を超える存在となったことは充分に予想される。

更に、これは確実に言えることだと思うが
子供達が父親を凌駕していた点は
色気を感じる洒脱さと初夏の日差しを思わせる明るさである。

父二人も洒脱であることは否定できぬが
その裏に、ちょっとした屈折感が垣間見えている。

そのことは、志ん生の度を超したおちゃらけた風情、
17代の時たま見せる刺のある眼差しに見て取れる。

一方、子供二人に共通している所は
持って生まれて身についた洒脱さであり明るさであるので
より一層、親しみやすいキャラクターを形成している。

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by shige_keura | 2012-12-19 07:08 | | Comments(0)
天才を繋ぐ糸  −1−
未だに、つい先日の訃報が信じられない。

12月5日、明け方の悲報、中村勘三郎さん死去。

この報せを呆然としながら聞いたとき、
ふとある人の顔が思い出されてきた。

二人は住む世界は違うが
本当の天才だと思う。

真の天才とはたゆまぬ努力、稽古を糧にして
親から譲られた天賦の血を開花させた者に
与えられるべき称号だと思う。

しかし、時として神は冷酷な仕打ちを振るう。

天才に許された理不尽な程の短い命、
それは本人にとって悲運なことはいうまでもないが、
吾等、凡人ファンにとっても残念至極、切歯扼腕の想いとなる。

古今亭志ん朝、既に落語界を背負っていた逸材が
この世を去ったのが2001年、63才の若さだった。

勘三郎・57年、志ん朝・63年の生涯、
それは大輪の花が開くには、余りにも短すぎたものだった。

落語界の巨星が落ちてから11年
今また、歌舞伎界の大立て者が去っていってしまった。

二人の訃報から得た似通った喪失感、
その背後に何があるのかを探ってみたい。

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by shige_keura | 2012-12-18 12:57 | | Comments(0)
持つべきか? 持たざるべきか?
12月14日、またまた悲劇が繰り返された。

東部コネティカット州で起きた銃乱射殺人事件、
今回は舞台が小学校、いたいけな児童18名を含む
26名の死亡が確認されている。

容疑者は23才の青年、事件直後、自殺しており
動機の詳細解明は、今回も出来ないだろう。

「銃を持つべきか、持たざるべきか」

アメリカが長年抱える「銃保有の是非」については、
2002年、マイケル・ムーアが作った傑作ドキュメンタリー映画、
「ボーリング・フォー・コロンバイン」で問題提起されている。

この作品は、1999年、コロラド州、コロンバイン高校で起こった
同校生徒2名の銃乱射により13名の命が失われた事件を掘り下げ
銃保有の是非を問いかけている。

歴史的に振り返ってみると、1960年代後半より
銃保有か否か、何度も議論されてきた。

それが浮き彫りとなったのが、
1991年、テキサス州で起きた、「ルビー・カフェテリア事件」、
犯人がカフェテリアに車で突っ込み、銃を乱射、
従業員、客22名を射殺し自分も自殺した事件である。

この事件を契機に、テキサス州では
自己の護身用に拳銃の携帯を認める法律が公布された。

つまり、この時点で銃所有の規制が緩和されたのだ。

にもかかわらず、コロンバイン高校で起きた惨事、
マイケル・ムーアは「銃規制擁護」の立場で映画を作った。

映画製作の過程で、
ムーアは大手スーパー、「Kマート」全ての店舗での
銃弾販売を止めさせることに成功した。

しかし、その一方で、作品でも描かれていたが
当時、全米ライフル協会会長の俳優、
チャールトン・ヘストンに代表されるように
「銃保有すべし!」の論調も根強かった。

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by shige_keura | 2012-12-17 10:06 | その他 | Comments(0)
サヨナラ・先輩
12月8日からロサンジェルスに滞在しているが、
海を越えた日本から悲しい報せが届いた。

12月10日、中学・高校の大先輩である
小沢昭一さんが83才で亡くなられた。

大先輩にお目にかかったのは生涯に2度、
最初は今から50年以上も前、
そのときはお会いしたというよりも
遠くから眺めていたというのが
適切な表現である。

それは、高校時代のある日、
陽がだいぶ傾いてきた下校時のとき、
遥か向こうのグラウンドの片隅に在る鉄棒に
見慣れぬおじさんが二人ぶら下がっていた。

「誰だろう???」
少し近寄って息をのみこんだ。

大先輩で既に映画、テレビで大活躍の
小沢昭一さんとフランキー・堺さんだった。

マスコミの取材で来ておられたのだろうが、
その時は、それ以上近づけなかった。

ただ、あのときのお二人の
面映そうな、無邪気な笑い顔を今でも覚えている。

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by shige_keura | 2012-12-16 03:21 | その他 | Comments(0)
最古のカップ  -ミスター・アメリカズカップ、その光と影ー
1851年ロンドン万博を記念して行われた国際ヨットレース、
ビクトリア女王より銀製の水差しのカップが
優勝した「アメリカ号」に授与された。
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同時に渡された贈与証書には、こう書かれていた。
「アメリカ号のオーナー達は
 いかなる国の挑戦を受けねばならぬ」

以来、132年間、1983年迄、24回の国際レースを
アメリカが全ての挑戦者をはねつけてきた。

これほどの国際スポーツイベントで
1カ国が100年以上もチャンピオンであった試しは他に無い。

紅茶で巨万の富を得た、
英国のトーマス・リプトン卿をもってしても
アメリカからカップを奪回することは出来なかった。

この歴史的過程で、銀製の水差しは
「アメリカ号のカップ」と言うよりも
「アメリカ合衆国のカップ」と見做されるようになった。

即ち、アメリカズカップは合衆国の誇りの象徴となったのである。

ここに、幼い頃より水にヨットに親しんだ
デニス・コナー(1942年生まれ)が登場する。

1974年、1980年既に2回のアメリカズカップを
スキッパー(艇長)として制したデニス・コナーは
アメリカの星として崇め奉られる存在となっていた。
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1983年、コナーは「リバティー号」を擁して
自信満々、オーストラリアⅡ世号を迎え撃った。

ところが、大方の予想に反し
リバティ号は一敗地にまみれ
132年間守ってきたアメリカの王座が崩れ落ちた。

デニス・コナーは英雄から国族・非国民へと
奈落の底にたたき落とされた。

「この大失態の責任者は誰だ!
 ロスト・スキッパーの生首を
 失ったカップ・ルームに晒せ」とまで糾弾された。

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by shige_keura | 2012-12-14 13:09 | スポーツ | Comments(0)
最古のカップ  -思い出の中のアメリカズカップ-
私が最初にアメリカズカップを知ったのは
ドキュメンタリー映画の最高峰と今でも思っている
「真夏の夜のジャズ」を見た時の事だった。
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この映画の製作は1958年、
自らを振り返れば中学校時代の時だ。

映画館は数寄屋橋脇の「ニュー東宝」、
殆ど耳でしか聞いた事が無かった
ジャズ・プレーヤー、シンガ―の競演に酔いしれた。

この作品は1954年から行われている
アメリカ北東部ロード・アイランド州、ニューポートでの
ジャズフェスティバルの1日を追ったものである。

丁度、時を同じくして
ニューポートの沖合ではアメリカズカップが行われている。
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アニタ・オデイのハスキーな歌声、「スイート・ジョージア・ブラウン」、
ジミー・ジェフリーの軽快なサックス、「トレイン・アンド・リバー」、
セロニアス・モンクの変則的なタッチ、「ブルー・モンク」等々。

流れる音楽に合わせ、
カメラはアメリカズカップの主役が
洋上で舞う様を描いている。
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そして、夜の帳が下りると
ジェリー・マリガン、ルイ・アームストロング、
ジャック・ティ―ガ―デン、マへリア・ジャクソン、
名手の競演がヒートアップする。
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今でも、思い出したように映画(DVD)を見ながら
ウイスキー、オン・ザ・ロックスを飲るのが楽しくて仕方がない。

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by shige_keura | 2012-12-13 12:33 | スポーツ | Comments(1)



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