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アラブと共に60年  -後篇-
戦後の日本の競馬は貧困と混乱の中で立ち上がった。

どの厩舎もどうやって生活を成り立たせるか、悩みは深かった。

そんななかで、誰もが目をつけたのが
丈夫で長持ち、管理しやすいアラブ馬である。

サラブレッドはもともとの値段がアラブより高いし、
繊細で怪我しやすいので厩舎経営にとってはリスクが高かった。

ここで、日本のサラブレッドとアラブの生産頭数推移を見てみよう。

          1971年 1975   1997   2000  2012

サラブレッド  6,000  12,000  8,300  8,000  7,000

アラブ     14,000  12,000  2,000   680      9

サラブレッドの生産も漸減傾向を示しているが
アラブの凋落ぶりは甚だしいく
現在の生産は無きに等しい。

私が、競馬場に行き始めた1960年代末、
中央競馬でもアラブ馬のレースは行われていたし
地方競馬(公営)ではアラブ馬のレースが主流を占めていた。

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by shige_keura | 2013-03-30 09:08 | スポーツ | Comments(0)
アラブと共に60年  -前篇-
3月23日(土)、場所は中国地方唯一の公営競馬場・「福山競馬場」、
第5レース、10頭による1250mダート戦、
引退レースで3番人気のレッッゴ-カップは最下位、10着に敗れた。
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記事に書けばものの3行になるかならぬ出来事、
それもスポーツ新聞以外には掲載されなかったから
御同輩諸氏の多くは気がつかなかったに違いない。

しかしながら、この小さな記事の中には
日本の競馬界、競馬場の変遷、栄華盛衰がぎっしりと詰まっている。

先ず初めに、今の中央競馬会を見てみよう。

今をときめく、競馬界のスターホース達、オルフェーブルをはじめ、
ジェンティルドンナ、ゴールドシップ等はサラブレッドの花形である。

ここで問題です。 貴方はサラブレッドを英語で書けますか?

もしも、書けたならば
貴方はサラブレッドの名前に込められた意味が分かっている筈です

サラブレッド・「Thoroughbred」,
辞書には「サラブレッド」のほかに「純血種」、
「育ち(毛並み)の良い」と訳されている。

Thoroughは「完全な・徹底的」との意味、
Bredは「育てられた」を意味している。

すなわち、サラブレッドは人間が作り上げた
最高の芸術品の意味合いを持っている。

サラブレッドがどうやって出来てきたのか?
諸説あるが最も浸透しているのは次の通りだ。

サラブレッドへの品種改良が始まったのは
18世紀初頭のイギリスである。

以来、約300年の歴史を経て
ディープインパクトやオグリキャップが生まれてきた。

さて、最高の芸術品の先祖を辿ると3頭の馬に行きつく。
               (ダ-レ-アラビアン、1700-1730)
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ダ-レ-アラビアン、ゴルドフィンアラビアン、バイタリ-クリーク、
毎年、世界で生まれてくる数万頭のサラブレッドは
先祖を辿ると、この3頭の血を受け継いできている。
               (ゴルドフィンアラビアン)
c0135543_941214.jpg

従って、この3頭は俗に「サラブレッドの三大始祖」と呼ばれている。

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by shige_keura | 2013-03-29 08:41 | スポーツ | Comments(0)
4度目にして初体験  -晴れて・・・・・-
木曜日の夕刻、回診に来た担当医はこう言った。

「明日にでも退院しますか??」

えー、ちょっと待って、そりゃ急だね、
最初の予定じゃ月曜、未だ4日もあるのに。

嬉しい知らせだが、だしぬけに言われても・・・・・・・・、
早々に帰還は目出度いが家で問題発生は困る。

結論として、医師の退院日に1日延泊し、
土曜日に退院することとした。

退院かーーーー、やったね!!
5泊6日と短いが入院は入院、
退院の言葉は胸に響くものがある。

暫く、退院の事を考えているうちに
日本語の妙な難しさを感じてきた。

病院の場合、患者が入る時は入院、
晴れて病院を出る事を退院と言う。

会社の場合は、そこで働くことを決めて入ることを入社、
その会社を辞める事を退社と言うのは誰でも知っている。

そして、毎日会社に行くことを出社、
仕事が一段落して会社を出ることを退社と言う。

前者の退社と後者の退社は字は同じでも
その意味は全く異なっている。

更に、気になるのが出社と言う言葉、
字だけ見れば会社から出るとも思えてしまう。

何故ならば、ここに出所と言う言葉がある。

「無事、お努め御苦労さんです」と
どこかの親分さんが晴れて出てくるのを出所と言う。

同じ「出」の字でも全く正反対の意味になる。

出社が会社に行くことならば
出所は某所から出てくることを意味している。

その大きな違いはなにかとなれば?

ルンルン気分になるのが出所ならば、
気が滅入る人が多いのが出社となるのだろうか??

ところで、交番の派出所に勤務している警官が
毎日そこに行くことは何と云うのだろう?

会社と同じ定義を使えば出所だが・・・・
先ほどの場合の出所とはまるで正反対になる。

「どうなってるんだ、これは???」

バカなことを考えているうちに
土曜日の退院の日が来た。

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by shige_keura | 2013-03-28 18:58 | その他 | Comments(0)
4度目にして初体験 -不快!!”おえーっ”-
バレーダンサーが横たわっているわけではない。
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手術直後、病室に帰った私、白い靴下は、
「エコノミー症候群」でお馴染みの
「静脈血栓塞栓症」から守るためのものだ。

写真を撮ったのは、見舞いを兼ねた取材?
取材をかねた見舞い?に来た長女の手によるものである。

手術の内容が内容なので
鼻腔には止血と消毒の為にガーゼが入れられ、
その上、鼻の出入り口は綿球でしっかりとガードされている。
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それでも、時間の経過と共に綿球が赤く染まってくる。

一方、鼻と口とは繋がっているし、そこには何の防御は施されていない。

その為、鼻から流れ出る血が口の中に溜まり
ティッシュで拭いても拭いても止まらない。

先生からは決して飲みこまず拭きとるように言われているが
言われなくても、こんな気持ちの悪いものを飲みこむ気にもならぬ。

やがて、口の中は出血のためヌルヌル、ドローリ、
口の上顎には血液が薄い膜となってへばりついている。

「血糊」なる言葉を初めて実感したが、
この不快感は相当なものだ。

一夜明けた翌日は頭痛と吐き気に悩まされた。

吐き気は全身麻酔の後遺症、
頭痛は鼻腔に詰め込まれたガーゼが圧迫しているためだ。

従って、この日は私としては珍しくも食欲ゼロ、
加えて、額付近の重苦しい頭痛、
吐き気止めと頭痛薬の処方で何とか乗り切った。

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by shige_keura | 2013-03-27 08:57 | その他 | Comments(1)
4度目にして初体験 -見えぬ執刀医-
3月12日、メスを入れる日が来た。

耳鼻科手術の順番は3番目、
野球で言えば3番バッター、クリーンアップトリオの一角、
どんなもんだい!! と、言っても単なる強がり。

12時半に呼び出しがかかった。

一見スタスタと歩いてはいたが
心の中は微妙に揺れていた。

日赤の手術室は4階に集中しているらしい。

メスを入れられる部屋へ続くドアがサ-ッと大きく開いた。

大きな大きな広間、両側に番号がふられた手術室が並ぶ、
青い手術着で立ち働く人たち、
脳裏にはかつての人気テレビ、「ベン・ケ-シ―」が浮かんだ。
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Oさんですね。手術室3番にお入り下さい。

順番が3番ならば部屋も3番、
バッター、3番長嶋、背番号3かーー、悪くないね-。

手術室3番の扉が音もなく開く、
こうなったら、入らないわけにはいかない。

何でこんなに多くの医師たちが居るの?

しかし、さーっと見渡す限り、
その中にはお馴染みの耳鼻科の担当医師は見えない。

「サ-、どうぞ、どうぞ、ここにお上がり下さい」
笑みを浮かべた麻酔科の医師が手術台に招く。

小料理屋のお座敷じゃあるまいし、
こっちは笑っている場合ではない。

しかも、目の前の手術台の幅の狭さに驚いた。
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こりゃ、全身麻酔でもしてもらわぬと
手術中に床にずり落ちかねない。

このとき、親友のK君の顔が浮かんだ。

彼は3-4年前に全身麻酔で腹部切開している。

あの体型でよくも、この手術台に仰向けになることが出来たな?
ひょっとすると、彼の場合は
特大サイズの手術台を使ったのかな?

「では、これから全身麻酔に入りまーす。
 どうですか?頭が痺れてきたでしょう?」

「(何言ってるんだー??)
 いやー、全然そんなことはないです・・・・・・・
 ggggggggggg-------」

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by shige_keura | 2013-03-26 08:27 | その他 | Comments(0)
4度目にして初体験 -こわい、こわい同意書-
今はどの病院でも手術の場合
患者に手術同意書の内容を理解させた上
承諾の署名を求めている。

60年目のオトシマエと勇み立った(?)私だが
同意書の中身を読んだ途端、気分が萎えてしまった。
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病名:慢性副鼻腔炎症、鼻中彎曲症

手術:内視鏡下鼻腔手術、鼻中隔矯正手術

方法:全身麻酔、手術時間は約2時間
    鼻中隔の粘膜切開、
    鼻中隔の軟骨、骨を剥離・切除し、鼻中隔の曲がり矯正
    内視鏡下に骨や病的な粘膜を切除、鼻腔と副鼻腔との交通をつける

合併症:・再発 ・術後出血、感染  ・眼窩内出血 ・髄膜炎、髄液漏
     ・外目筋の損傷の結果、ものが二重に見える
     ・視神経の損傷の結果、高度の視力障害
     ・発熱、肝機能障害、肺炎、歯牙の損傷

これを読む限りでは、蓄膿症根絶と臭覚保全が成されるとしても
それに伴うリスクが途方もなく大きく危険である。

これが麻雀だったら私は躊躇なく下りていただろう。

ただ、この時点で私はどういうわけか
全身麻酔に心惹かれる想いがあったことは確かだ。

人生初めての体験も悪くはないし
意識を失っているうちに敵を退治してくれるのも有難い。

このような実に「ノ-テンキ」な考えにとらわれていた。

気がついてみれば、同意書にサインしていた。

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by shige_keura | 2013-03-25 09:10 | その他 | Comments(0)
4度目にして初体験 -60年目の決着(おとしまえ)-
「決着」にわざわざ「おとしまえ」とルビを振ったのは
フランス・ギャング映画の傑作、
「マルセイユの決着(おとしまえ)」を真似たものだ。
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小学校3年の時の頃だから、今から60年ほど前、
私は相当なる蓄膿症(副鼻腔炎)に悩まされていた。

特に冬場の12,1,2月は通院してから登校する日が
週の内、何日かあったと思う。

通院の目的は主に鼻の洗浄、
さもないと、頭が重苦しく身体までだるくなってしまうのだ。

治療を終えて学校へ着くのは10時過ぎ、
教室に入っていくのは結構恥ずかしい気持ちになったものだ。

総合病院、専門病院と渡り歩いても症状は変わらず、
そうこうしているうちに、4年生の冬を迎えた。

その日、三田の済生会病院で治療を終えた私の前で
外科部長と担当医が小声で話している声が耳に入った。

「この状態では、根本治療はメスを入れるしかないでしょうね」

「そうだなーーー、だけど、小学校4年生だろ、
 この手術は大人でもきついからなーーー、
 可哀そうだな---」

当時の私だって意味は分かる。

正直、私は恐怖で心が震えた。

家に帰っても、この話題を自分から持ち出す気にはなれなかった。

何時、言われるのだろう?
鼻にメスが入って切り開かれる!!

落ち付かぬ日々が続いたが、
結局何も起こらなかった。

病院と両親の話し合いの結果の手術回避だったのだろう。

これが、結果的に大成功。

5年生以降、体力もついてきたのか
蓄膿症に悩まされるどころか
あの辛い日々は幻だったのだろうと思えるようになった。

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by shige_keura | 2013-03-23 18:31 | その他 | Comments(0)
4度目にして初体験 -過去の3度は?-
入学と言えば学校に入ること、入社と言えば会社に入ること、
共に人生の節目での御目出度い出来事である。

しかし、これが入院となると、
「オメデトウございます」とは口が裂けても言えぬ。

3月11日から16日まで、5泊6日、
我が人生4度目の御目出度くない体験を味わった。

今日から何回かに渡って
「我が闘争」ではなかった「我が闘病」を紹介しよう。

最初の入院は30歳を過ぎた頃、
慢性化した虫垂炎の為のものだった。

手術後の痛さ、そして病院食の酷さが身に沁みた。

続いては1984年、この時は難儀だった。

なにしろ、入院したのがイタリアのミラノ郊外だったからだ。

病名は「急性A型肝炎」、原因は生貝に因るもの、
全くもって食いしん坊にとって油断も隙もない。

この時は、入院直前の40度まで達する高熱と
激しい吐き気と食欲の喪失に苦労した。

ただ、入院してからは熱も下がり
あとはゆっくり休養し回復に努めるだけ、
3週間もの入院生活をのうのうと味わった。

「のうのうと」と表現したが
全く苦労が無かったかと言うと、そんなことはない。

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by shige_keura | 2013-03-22 08:38 | その他 | Comments(0)
その正体は??
久しぶりに週刊誌を買ったのは
明日以降のブログで紹介する事件が発端だ。

週刊誌を読むのは図書館か病院の待合室、
自分で買ったのは何時以来なのだろう? 覚えが無い。

「週刊新潮」、ここには1960年から続く人気コラムがある。

タイトルは「東京情報」、執筆者はヤン・デンマン、
オランダ人の名前ながらハッキリとした素性は明かされていない。

知る人ぞ知るでは、新潮社の天皇、怪物と言われ、
同社の取締役を務めた斎藤十一と言われている。

彼は私の卒業した麻布高校の大先輩、
ユニークな社会人を輩出する校風だけに頷ける。

ただ、彼は2000年に死亡している、
一方、コラムは続いている。

現在のヤン・デンマンの正体や如何に?

本号では、五輪招致活動を振りかえりつつ
日本人の苦手とするロビー活動の何たるかを
英・仏記者のコメントとして指摘している。

巻頭の言葉が「申し訳ないがアホくさい」である。

五輪メダリストを前面に押し出した日本の活動、
こんなやり方では招致できるわけは無いと切って捨てている。

更に、東京五輪を実現するには相当汚い手段を使わぬと
日本人の血税が無駄になると警告している。

すなわち、東京五輪の是非ではなく
招致するならば、それなりの手練手管が必要だ。

これが真意だ。

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by shige_keura | 2013-03-21 10:01 | その他 | Comments(1)
WBC準決勝に想う  -裾野の広がり、御先祖様までー
日本-プエルトリコ戦、試合前のセレモニー、
そのとき私は画面に吸い寄せられた。

それは第3回WBC参加国の国旗が入場してきた時、
何と国旗の数が28もあるのだ。
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野球の国際大会に28もの多くの国が参加している。

いやー、感激しましたね、
野球がこのように世界に浸透していることを目の当たりに見て。

ここで、過去の歴史を振り返ろう。

第1回(2006年)、第2回(2009年)
参加国はどちらも16カ国で国も同じ。
               (2009年、決勝戦、日本ー韓国 試合前セレモニー)
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日本、韓国、チャイニーズ・タイペイ、中国、
アメリカ、メキシコ、カナダ、南アフリカ、
プエルトリコ、キューバ、オランダ、パナマ、
ドミニカ、ヴェネズエラ、イタリア、オーストラリア。

今回、新たに参加した12か国の面々は、
イギリス、ドイツ、フランス、スペイン、チェコ、イスラエル、
ブラジル、コロンビア、ニカラガア、ニュージランド、タイ、フィリッピン、
世界の様々な地域から新たな野球国が加わった。

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by shige_keura | 2013-03-20 16:39 | スポーツ | Comments(0)



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