Top
<   2013年 12月 ( 9 )   > この月の画像一覧
あっという間の大晦日
今日は大晦日、あっという間に本年最後の日、
時が経つのがこれほど早いものとは!

昨年の年末からお正月にかけては
結婚以来、2.5回目の夫婦離れた生活を味わった。

1回目は1979年末、ブラッセルに一足早く赴任し、
年を越して3カ月のチョンガ-生活を送った。

次は1995年、オランダからイタリアのローマへの赴任
一応、一緒に年を越したが
元旦の飛行機で単身ローマへと先乗りした。

これが、0.5回の勘定である。

そして2.5回目が昨年から今年にかけてのことだ。

昨年の12月中旬より
次女のお産の関係で、役に立たぬ爺は
金魚のフンのように家内についてロスへ向かった。
c0135543_11101749.jpg

アメリカの、というかロスの真っ青な青空の下、
今までにない感覚のクリスマスを味わった。
c0135543_11104338.jpg

c0135543_1111782.jpg

予定日を過ぎても誕生しない二人目の孫、
ご対面の目的を果たせずに
家内一人を置いて日本に帰り長女宅に居候を決め込んだ。
c0135543_11115367.jpg

そのお陰で、年末は何十年振りかと言う
苗場でのスキーを楽しみ大晦日に帰京。
c0135543_1112209.jpg

c0135543_11125217.jpg

明けて元旦は孫たちと共にお墓参りと
愛宕神社の急な階段(出世の階段)を上り初詣。
c0135543_11133119.jpg


c0135543_11142883.jpg

c0135543_11145888.jpg


続きを読む
[PR]
by shige_keura | 2013-12-31 15:48 | その他 | Comments(0)
赤バットの足技
大徹院赤心哲山居士、
10月28日、93歳で亡くなられた方の戒名である。

野球が好きな方なら、「赤」と「哲」の二文字で
この方は、川上哲治さんと分かるだろう。
c0135543_14421332.jpg

赤バットをひっさげ、「弾丸ライナー」の名をほしいままに
戦争直後の日本に明るさをもたらした人であり、
監督となってからの9連覇は前人未到
プロ野球に対する貢献は計り知れない。
c0135543_14424077.jpg

心からご冥福をお祈りします。

本日は川上哲治さんの現役時代、
知られざる一面を覗いてみよう。

爺が小・中学生時代の日常生活は
一に野球(映画)で、二に映画(野球)
三,四が無くて五が教室でいねむりだった。

つまり、映画と野球は私にとって
甲乙つけがたいほどの存在だった。

魅力に引きずり込まれたのは
映画がゲイリー・クーパー、
野球が川上哲治というスーパースターの影響だった。

小学校2年生、初めて訪れた後楽園球場、
試合前の1塁側ベンチ裏で、
じっとバットを見つめていた川上選手、
子供心にも、その場を支配する
厳粛なる気配を感じ取った。

時に1951年、打率0.377は無論首位打者、
年間の三振数は僅かの6個
川上選手生涯最高の年と言ってもよいだろう。

夏の陽が傾く、多摩川の練習場、
ひたむきにバットを振っていた川上さんが
「ボールが止まって見える」との
伝説的な言葉を残したのもこの頃に違いない。

しかしながら、「打撃の神様」の異名を奉られた川上さんも
こと、守備と走塁についての評判は芳しくない。

同じ時期2塁を守っていた千葉茂いわく
「哲が動かんものだから、こっちは堪らんわ」

新人ながらショートを守っていた広岡達朗は嘆いた。
「少し送球がそれると捕ろうとしないんやからね・・・・」

又、川上選手の走塁、走る姿は
お世辞にも格好良いとは言えなかった。

当時、ハワイから加入したウォ-リー・与那嶺選手の
リズミカルな走り、華麗なスライディングに比べ
川上選手の走りはどこまでも重く鈍かった。

続きを読む
[PR]
by shige_keura | 2013-12-28 16:22 | スポーツ | Comments(0)
コキ・コキ・コキ
昭和14年1月15日、大相撲初場所4日目
横綱・双葉山は安芸ノ海との一番を迎えた。

勝負が始まる直前、和田信賢アナウンサーはこう言った。
「双葉70連勝をかけて安芸ノ海との一番、
 70は古稀、古来稀なり!」

取組は相撲史最大の大番狂わせ
無敵の双葉山は敗れ、
古稀(70連勝)を達成できなかった。
c0135543_1610177.jpg

古稀の源は中国・杜甫の詩「曲江」の一部、
「酒催は尋常行く所に有り、
 人生七十古来稀なり」となる。

この部分だけを訳すと次の通りだ。

「酒代の借金は日常の事で行く先々にある。
 この人生70まで生きることは稀なので
 今のうちに精々楽しみたいのだ」

私の幼い頃の70歳の人間、
それはそれはお年寄り、
「花咲か爺さん」、「竹取物語」の翁に見えた。

だからこそ、70年を生きることを
「古く稀なる人」古稀と言ったのだろう。

それが今では70歳など珍しくも何ともない。

石を投げれば70歳以上の老人に当たり、
それこそ「コキ―ン!」と音がする。

続きを詠む
[PR]
by shige_keura | 2013-12-26 09:27 | その他 | Comments(0)
クリスマスの宵
c0135543_2018371.jpg

上の画像は何でしょう?

クリスマスイブの夕食時に用意した
グラスに注いだ赤ワインを真上から撮ったショットである。

クリスマスイブからクリスマス当日にかけて
「ホワイト・クリスマス」のメロディが流れない年はない。
c0135543_16174892.jpg

コール・ポーター、ジョージ・ガ―シュインと並ぶ
偉大なる作曲家、アーヴィング・バ-リンのクリスマス定番曲、
まさか、「この歌、俺は知らない」と言う御同輩は無いだろう。

しかし、この曲がいつ生まれて
最初に流れた映画は何かとなると
意外とご存知ない方が多い。

1954年、パラマウント映画・ビスタヴィション方式第1作、
「ホワイト・クリスマス」で紹介されたのが最初と思っている方、
それは間違えなのです。
c0135543_16182469.jpg

1942年製作、フレッド・アステアとビング・クロスビー共演の
「スイング・ホテル」の中で初めて紹介されたホワイト・クリスマスは
あっという間に全米中の大ヒット曲となった。

そして、この映画のオリジナルタイトル、「Holiday Inn」は
実際に今でも残るファミリーホテル、「ホリデーイン」を生みだした。
c0135543_16191256.jpg

従って、この映画は「ホワイト・クリスマス」と「ホリデー・イン」
ふたつの大ヒット作品をこの世にもたらせた。
c0135543_16193584.jpg


続きを読む
[PR]
by shige_keura | 2013-12-24 21:12 | | Comments(0)
牡蠣にムールに鹿の肉
3連休のなか日、空は青く透き通り
陽は燦々と射しているが、渡る風は冷たい。
c0135543_1743163.jpg

日本海側からは連日雪の便り、
列島はすっぽりと寒気に包まれている。

ここは、青山にあるフレンチ・ビストロ「シェ・ピエール」、
この季節になると恋しくなる店だ。
c0135543_17433034.jpg

絶品のブイヤベースもさることながら
本日のお目当ては生牡蠣とジビエ・鹿の肉である。

牡蠣の食べ方は色々あるが
私にとって一番旨いと思うのがフライ、
次がソテー、焼牡蠣と続き
牡蠣鍋には余り食指が動かない。

では生牡蠣の場合はと言うと、
オイスターバ-で1ダースを食べるほどではない。

そこまで好きではないが、
冬の季節には一度ぐらい
プリッとした牡蠣にレモンを絞って
スキッとした白ワインと共にやりたい。

牡蠣の数も多くは要らぬ、
ほんの2,3個あれば、それで満足なのだ。

続きを読む
[PR]
by shige_keura | 2013-12-23 22:40 | | Comments(0)
束の間のクリスマス気分
例年であれば、今頃は我が家の飾りつけは
クリスマス一色となるのだが、
今年は引っ越しの為それどころではない。

そこで、家の中の片付けの息抜きに
六本木ヒルズのクリスマスマーケットに出かけ
一時の季節の風物詩に触れることにした。
c0135543_1755035.jpg

ヒルズの広場には本場ローテンブルグから
クリスマスマーケットの店が顔を見せ
お馴染みの飾りつけが数多く並んでいた。
c0135543_17553023.jpg

c0135543_17562875.jpg

c0135543_17571134.jpg

ローテンブルグはドイツの南、バイエルン州、
北から南へと走る、「ロマンチック街道」に位置し
昔の面影を留める美しい街並みと共に
クリスマスマーケットで世に聞こえている町である。
c0135543_17575280.jpg

ロマンチック街道沿いの観光を楽しんだのは20年もの昔、
夏の最中にもクリスマス商品を所せましと並べている風景に
一時の冬の気分を味わった。

続きを読む
[PR]
by shige_keura | 2013-12-21 13:48 | その他 | Comments(0)
久しぶりの御対面
11月末、我が生涯第16回目の引っ越しをした。

東京の芝で生まれた私だが、その頃の記憶は無い。

ものごころついた時には逗子に住んでいた。

以来、東京と逗子・葉山を往復、
恵比寿にマンションを購入した途端、ベルギーへ赴任、
そのあとは欧州と日本を行き来したり
欧州内の転居、スイス-オランダーイタリアを経験したり、
挙句の果ては北陸の金沢に6年間の途中下車、
渋谷区に落ち着いて10年、
今回16度目の引っ越しとなった。

吾等夫婦の生涯はまさに旅である。

今回の引っ越し、移動距離は最も少なく同じ町内、
とは言え、引っ越しには変わりはなく
11月は身辺整理に追われた。

引っ越しの時には毎度のことながら
久しぶりに対面するモノがでてくる。

「あっ、こんなモノがあったんだ!
 すっかり忘れていたなあ」

続きを読む
[PR]
by shige_keura | 2013-12-13 09:37 | その他 | Comments(0)
アオザイの乙女が一杯
11月中旬、引っ越しを控えた僅かな時間、
初のベトナムを訪れた。
               (ハノイのホーチミン廟)
c0135543_14293177.jpg

ベトナムと言う国は日本に似て南北に長い。

具体的には日本の北海道から本州の西の端まで
すなわち九州を抜いた長さにほぼ等しい。

今回は北の代表的都市ハノイから
中部のフエ、ホイアンを経由して
南のホーチミン(旧サイゴン)まで
機中泊を含め5泊6日、
弾丸ツアーながら遺跡見学中心の興味ある旅となった。
c0135543_14301971.jpg

訪れた街、特にハノイとホーチミンは喧騒に包まれ
若者たちのエネルギーが爆発しているかのようだった。
               (街中を埋めつくすモーターバイク)
c0135543_1431160.jpg

それもベトナム国民の平均年齢・27歳のなせる業、
日本の平均年齢45歳と彼我の差が或る。

ベトナムの歴史を顧みれば
国が南と北に分かれて戦ったベトナム戦争で
当時の若い命が多く失われた。

その後、国は生めよ増やせの政策が図に当たり(?)
今や国は若者中心国家と変貌し
厳しい産児制限をするに至った。

具体的には子供は二人まで、
三人目が生まれた場合は厳しい罰金を科すに至った。

日本にとっては羨ましいかぎりである。

続きを詠む
[PR]
by shige_keura | 2013-12-11 14:40 | | Comments(0)
”アット驚く”大往生
吾等にとっての”アット驚く”とくれば為五郎、
80年代の人気テレビ、「巨泉・前武 ゲバゲバ90分」の中で
ハナ肇の得意のフレ-ズ、「アット驚く為五郎」である。

しかしながら本日の主役は人間ではなくてサラブレッド、
1989年の有馬記念で超番狂わせを演じ、
実況アナに「アット驚くダイユウサク」と言わしめた馬のことだ。

そのダイユウサクが8日の日に
放牧中に倒れて息を引き取った。

28歳と言う生涯はシンボリルドルフ、ハイセイコ―の30歳には及ばぬが
オグリキャップの25歳、スピードシンボリが27歳を考えれば
これぞ「ダイユウサク 大往生」であると言えよう。

ダイユウサクは名前の由来からして一流馬とは言えない。

馬主はもともと孫の名前、コウサクをヒントに
ダイコウサクと命名する積りが
なにかの手違いでダイユウサクとなってしまった。

当時は馬名登録後の変更も出来たのだが
肝心の馬がデビュー後さっぱり勝てない。

それを見た馬主が、こんなヘボな馬に孫の名前まかりならぬ、とのことで
ダイユウサクの名前で通す事となった。

続きを詠む
[PR]
by shige_keura | 2013-12-09 21:03 | スポーツ | Comments(1)



2007年9月末にこちらに引っ越してきました。
→過去のブログを見る


ホームページ 



LINK 

カテゴリ
全体



スポーツ
その他
LINK
トリップアドバイザーにお勧めブログとして認定されました。金沢 ホテル
旅行口コミ情報
最新のコメント
懐かしい名前を拝見いたし..
by モモタロウ at 17:42
↑恥ずかしいからそういう..
by Hiraoka at 17:45
試合はブチ切れるし、判定..
by shige_keura at 09:36
コメント有難うございまし..
by shige_keura at 18:00
全話をチェックした訳では..
by 通りすがり at 16:23
以前の記事
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
more...
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

LINK FREE

このブログの写真・テキストの無断使用はお断りします。

(c) 2007 shige_keura. All rights reserved.