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静謐と「和」の温もり
東京のホテル事情も21世紀に入ってから大分変って来た。
その最大の原因は外資系ホテルの進出である。

パークハイアット東京、ウエスティン、フォーシーズン(ホテル椿山荘)が
今世紀に入ってすぐに東京に進出。

今は、それに加え、ザ・ペニンシュラ東京、マンダリン・オリエンタル東京、
ザ・リッツ・カールトン、コンラッド東京、グランドハイアット東京等、
首都は外資系ホテルに席巻されている。

私にとっての東京のホテルと言えば元祖御三家、
帝国ホテル、ホテル・オークラ、ニューオータニとなる。

1890年誕生した初代・帝国ホテルは
1919年に全焼しているので記憶にはない。
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私にとっての帝国ホテルはフランク・ロイド・ライト設計によるもので、
これぞ日本の代表と言わんばかりの威厳に満ち満ちていた。

由緒ある帝国ホテル、ライト館が
1964年に取り壊されたのは真に残念である。
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ちょうど同じ時期、1962年に開業したホテル・オークラは
外面を日本の美、「なまこ壁」に覆われた、
優美で気品にみちた設計である。
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御三家の最後、ニューオータニの登場は1964年、
地上17階建て、廻るレストランで話題を集めたが
品格の点ではオークラに遥かに劣り
大きさで圧倒するアメリカン・スタイル・ホテルの先駆けだった。
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by shige_keura | 2015-02-20 09:12 | | Comments(0)
無邪気な還暦女優の輝き
還暦と言っても生れてからの歳ではなく、
女優になってから60年の還暦を迎えたのがシャーリー・マックレーン。

「シャーリー・マックレーン映画デビュー60周年記念作品」とされた
「トレヴィの泉で二度目の恋を」が公開中である。
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オリジナルタイトルは「Elsa & Fred」、
シャーリー・マックレーン扮するエルザは74歳の独り暮らし。

イタリア映画の名作・「甘い生活」を代表する場面と言える
トレヴィの泉でマルチェロ・マストロヤンニとの恋の語らいを夢見ている。
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フラットの隣に80歳の偏屈な老人フレッド(クリストファー・プラマ-演)が越してきたことから
年老いた二人の恋の道行き物語の幕が上がる。

シャーリー・マックレーンのデビューは1955年、21歳の時、
アルフレッド・ヒッチコック監督の「ハリ-の災難」だった。
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ヒッチコック作品としては珍しく不作で興行収入も芳しくなかった。

しかし、ヒッチコック自身この作品を気に入っているように、
私にとって非常に想い入れのある映画である。

その最大の理由がシャーリー・マクレーンにあった。
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この映画はヒッチコック得意の「ハラハラ・ドキドキ」のサスペンスではなく
「クスクス」とした味わい、飄々たる殺人喜劇である。
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そして、作品を盛り上げた最高殊勲者が
デビューにして魅力満開のシャーリー・マックレーンだった。

1950年代のハリウッド、今まで居なかったタイプの女優と言う意味では
オードリー・ヘップバーンと彼女が双璧だと思う。

オードリーの放つ「妖精の輝き」の魅力に対して
シャ-リ-の魅力は何と形容したら良いのだろうか?

とぼけた味わい、素朴な美しさ、親しみやすさ・・・・・・・、
結局は汚れを知らかのような、「無邪気さ」になるのだろうか。

断っておくが、「汚れを知らぬ」ではなく
「汚れを知らぬかのような」であり、両者は別物である。

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by shige_keura | 2015-02-17 21:29 | | Comments(2)
上越紀行 -街道今昔-
8日、日曜日の天気は下り坂
苗場スキー場も霧の中にかすんでいる。
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これは長居は無用、渋滞を避けて
昼過ぎには東京に戻ろう、
スキーは十分に堪能したのだから。

帰りのルートは三国街道、
峠を越えて月夜野インターに向かう。

池波正太郎師の名著、「食卓の情景」の一節、
「ランプの宿」に引用されている
田中冬ニ氏の「法師温泉」と題する一篇である。
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隣といっても一里、夜はランプの明かりだけが頼りだ
うす暗いがそれは人情のようになつかしい
軒端(のきば)にせまる山の上は星がいっぱいだ
氷水屋の硝子玉の簾のようだ
三国街道は其処を通っている
何となくそこまで行ったら夜でもうす明るいように思われる
白い桔梗の花がつめたく咲いているだろう
夜霧が雨のようだろう
とおく越後の方の村に祭りがあって
その囃子の笛や太鼓でも聞こえやしないか

ランプの芯をほそくする
誰かが出ていったようだ
見なれぬ客人
渓川の水の精である
私は夜冷えを感じて障子をたてる

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by shige_keura | 2015-02-12 14:29 | | Comments(0)
上越紀行 -快晴の苗場-
2月7日(土)、天気予報がドンピシャと的中! 
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「ピーカン」とはこのこと、
穏やかな快晴、絶好のスキー日和である。
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「ピーカン」は山岳用語とも撮影用語とも言う。

空は青空、一服しているピースの缶の色のよう
ピースの缶、これすなわち「ピーカン」
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快晴の日はカメラのピントが合わせやすい、
即ち、「ピントが完全」からピーカン。

太陽の光がピーンと届いてカンカン照り、「ピーカン」、
諸説あるが、抜けるような青空の表現であることには間違いはない。

昨晩から降り積もった新雪が
柔らかなビロードのようにゲレンデを包みこんでいる。
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ここ、初・中級者用「浅貝ゲレンデ」の頂上から真正面に
苗場山を背景にプリンスホテルの白亜の建物がそびえている。

大学生の頃、悪友を募って春スキーを楽しんだ事が
つい先日の様に思い起こされる。
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時には暑さも覚える春スキー、
セーターを脱ぎすて滑りまくる。

夜はホテルの一室で酒を酌み交わし
カードゲームに興ずる。

まさに青春真っ只中の時の事だった。

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by shige_keura | 2015-02-11 09:53 | | Comments(0)
上越紀行 -湯沢の名店ー
2月6日から8日にかけて
長女夫婦一家と上越に旅した。

主な目的は苗場でのスキーだったのだが、
この機会に懐かしい場所も訪ねることが出来た。

湯沢と言えば、これは「雪国」、
川端康成の世界となる。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
向こう側の座席から娘が立って来て、島村の窓のガラス窓を落とした。
雪の冷気が流れ込んだ」。

金沢に行くたびに利用した上越新幹線、
上毛高原を過ぎ、長いトンネルを抜けた途端の眩しさ!
湯沢だ、雪景色だ!! 車中にどよめきに似た声が挙がる。
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夜行であるならば「夜の底が白くなった」、
文豪ならではの表現力であることか。

「雪国」の映画化は主なもので2回。

1957年豊田四郎と1965年の大庭秀雄の手によって成された。
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前者は島村が池辺良で駒子が岸恵子、葉子が八千草薫、
後者は木村功、岩下志麻、そして加賀まり子、
なんとも贅沢な配役、役者の存在感が傑出していたころのお話だ。
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by shige_keura | 2015-02-10 08:59 | | Comments(0)
”しみる”だけじゃない
昔々、子供のころ、虫に刺された時、
「キンカンでもつけておきなさい」と言われた経験を持つ人は多いと思う。

かくいう私もキンカンには随分とお世話になった覚えがある。
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「うへー、しみる・・・・!!、」キンカンを塗った時の感覚、
経験者でなければ分からない、一種独特の辛さが駆け巡った。

「良薬口に苦し」の塗り薬版、
当時、しみる強さはヨードチンキとキンカンが双璧だったように思う。

さてさて、この画像は、食用の金柑、
小粒の黄色い果物である。
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その昔、金柑は殆ど口にしなかった。

たまに生で食べた時、
金柑の香りの強さだけが際立ち、
2個目までは手を伸ばす気にならなかった。

ところが、品種改良されたのだろう、
最近の金柑は素晴らしく美味しい。

正確に伝えると美味しいと言うよりか
ビタミン豊富で身体にすこぶる良さそうな味と香りは
風邪も一目置くように思われる。

だから、ひとつでは止まらず
2個、3個と手が伸びてしまう。

金柑はミカン科の果物、
中国・長江が原産で金橘とも呼ばれている。
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英語では一般的には”Chinese Orange"と呼ばれているが
正式には“Kunquat”又は”Cumquat”と言われ
金橘の広東語読みと言われている。

金柑は食用とされているほか、
ノドの痛みや咳止めの効果があるとされている。

一方、昔馴染みの”しみる”キンカンは
「金冠堂」の主力商品で金柑とは字が違っている。

社名は1926年韓国の慶州で発掘された
古代・新羅の王冠に由来している。

その背景には次の様な事情がある。

当時、創業者の山崎栄ニはソウルに住み
火傷に効く薬の研究に従事していた。

何故なら、彼は姉の子供が大やけどで死亡するという
不幸な事件に遭った為である。

1930年東京に戻った山崎は「金冠堂」を設立、
以来塗り薬「キンカン」は多くの人々の常備薬となっていった。

食べる金柑とくするの金冠堂、
全く関係がないかというと、そうでもない。

現在、金冠堂の商品のひとつに金柑を使ったのど飴があるのだ。
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果物の金柑、非常に地味な存在だと思うが、
一度生で食されたらいかがでしょうか?

その瑞々しい味と清々しい香りに驚かれるに違いない。
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金柑食べて、風邪なんか吹き飛ばせーー!。
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by shige_keura | 2015-02-01 18:35 | | Comments(0)



2007年9月末にこちらに引っ越してきました。
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