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九州6泊7日 -歌舞伎と大相撲-
3月18日から24日までの6泊7日、
変化にとんだ九州旅行を楽しんだ。

夫婦で空路、福岡へ、
そこから太宰府天満宮経由、電車で長崎。

半日後、スタディ・ツアーに合流し
軍艦島、五島列島を巡り長崎に戻る。

バスで雲仙温泉経由し島原でツアーから離れ
フェリーで熊本へ、
そこからは単独行動で旧友と落ち合い
熊本と人吉を回るというのが大ざっぱな行程だ。

初日は太宰府天満宮、
学問・至誠・書道の神様とされている藤原道真をお祀りしている神社で
毎年、全国津々浦々から役700万人の人が参詣に訪れると言う。

道真は承和12年(845)生まれで
若くして学問御才能を発揮し右大臣として活躍するが
政略によって京都から太宰府に左遷され当地で58歳の生涯を終えた。
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折からの雨模様、いまさら学問の神様にお祈りに来ても無駄であると
道真公が嘆き悲しむ涙雨なのだろうか。

入り口の右手には有名な句碑が建っている。
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「東風ふかば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘るな」。
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道真が京都を追われるときに謳ったもので、
「梅の木よ、春風が吹いたら梅の香りを太宰府に届けておくれ。
主人である私が居ないからと言って春を忘れてはならぬぞ」との想いが込められている。

本殿の右側にあるのが神木の飛梅
主人を慕って京都から飛んできたことが名前の由来だ。
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天満宮の梅では最も早く花を咲かせるので
今回はすでに散ってしまった後だった。
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太宰府はかつて京都と北の平泉と並び
日本の三大文化圏を形成し栄華を誇ったところ。

大宰府政庁跡を見ると堂々たる敷地であり
その昔の繁栄が容易に推察される。

しかし、京都から見れば太宰府は田舎も田舎、
道真ならずとも左遷の悲哀の想いが強くこみあげてくるのだろうか?

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by shige_keura | 2016-03-31 08:52 | | Comments(0)
奇跡の人逝く
1962年、「奇跡の人」でアカデミー助演女優賞を得たパティ・デュークが亡くなった。
享年70歳、慎んでお悔やみを申し上げます。
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「奇跡の人」は生後2歳の時の病気がもとで
目が見えず、音が聞こえず、言葉も喋れない、
三重苦を背負いながらも教育家、社会福祉活動家として
世界的に知られたヘレン・ケラーの子供時代を描いた作品だ。

「奇跡の人」のオリジナルタイトルは”The Miracle Worker“。
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このタイトルが示すように、作品の主人公はヘレン・ケラーというよりも、
粘り強く彼女の面倒を見た家庭教師のアニー・サリバンである。

この映画は監督賞のほかに、二つの女優賞を獲得するが、
主演女優賞はアニー・サリバンを演じたアン・バンクロフトが獲得し
ヘレン・ケラーを演じた当時16歳のパティ・デュークは助演女優賞を得た。
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この作品は地味な映画ではあるが
絶望の淵で荒れ狂う一人の少女と
強い信念を持って更生に導く家庭教師の関係が
赤裸々に語られていく迫真のドラマだった。

特に井戸の水を手で受けたヘレン・ケラーが
”water”と叫ぶ場面は観る人すべてに大きな感動を与えた。
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ヘレン・ケラーを演じたパティ・デュークは1946年の生まれ、
父がアルコール依存症、母が鬱病と不幸な子供時代を送った。

のちに8歳の時に里子に出されるが、
そこで子役としての才能が見いだされ
1959年、13歳の時にブロードウエイの舞台で
”The Miracle Worker“のヘレン・ケラーを演じ大きな注目を集めた。

恐らく、パティ・デュークが幼いころに経験した不遇が
ヘレン・ケラーを演じるに大きなプラス材料として働いたのだと思う。

舞台劇のヒットを受けて1962年に映画化されたときに
彼女は16歳にしてアカデミー助演女優賞を獲得した。

これは、その後テータム・オニール(10歳で助演賞獲得)に破られるまで
最年少アカデミー賞獲得記録だった。

その後、パティ・デュークは1979年のときにテレビ映画でリメイクされた
”The Miracle Worker“で家庭教師役のアニー・サリバンを演じた。

従って、パティ・デュークこそ正真正銘の「奇跡の人」、
”The Miracle Worker”なのである。

彼女はテレビのヒットバラエティ「パティ・デュークショー」で日本にも紹介されるが、
二役を演じコメディ・タッチの番組から
ヘレン・ケラーの面影を見出すのは難しかった。
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ここで実在したヘレン・ケラーとアニー・サリバンを紹介しよう。

三重苦を抱えたヘレン・ケラーの両親は
当時、聴覚障害児の研究に当たっていた
グラハム・ベル(電話の発明者)に相談した。

その結果、家庭教師として派遣されたのが
自らも視覚に問題を抱えた経験があるアニー・サリバンだった。

彼女は自らの体験をもとに粘り強くヘレン・ケラーに接し
「しつけ」「指文字」を教え込みつつ彼女の口から言葉が発せられる努力を重ねた。
               (当時のヘレン・ケラーとアニー・サリバン)
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ヘレン・ケラーは後年、障害を克服し教育者としてなっていくが
その陰で、アニー・サリバンの50年にも及ぶ指導があったのである。

アニー・サリバンは1936年、ヘレン・ケラーに看取られ
70歳にしてこの世を去った。

又、ヘレン・ケラーは1968年88歳で天寿を全う、
その間、2度の来日を果たし、教育家福祉家としての講演を行った。
               (パティ・デュークとヘレン・ケラー)
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映画「奇跡の人」は今や、多くの人からは忘れ去られた存在となっているが、
現在の教育の在り方、躾の問題が取りざたされる中で、
もういちど多くの方々に観てもらいたい作品だと思う。
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by shige_keura | 2016-03-30 10:56 | | Comments(0)
京都一泊二日 ~心地よいお店~
京都シリーズの最後は、
旅の目的である京都の味で締めることとしたい。

今回訪れたお店は祇園花見小路にある、その名前も「祇園 おかだ」と
京都市役所裏にある「ふじ」である。

前者で夕食を後者で昼食を食べ、
両方の味を存分に味わったのだが、
お店の特徴がそれぞれ出ていたのが興味深かった。
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「祇園おかだ」は10名ほど座れるカウンターの奥に
小部屋が二つほどある様子で、2階にもお客の気配がある。

入ったときはカウンターは半分ほど埋まっていたが、
ご主人の「いらっしゃい」の声、
包丁を持つ手を止めてこちらと目が合っただけ
その仕草から漂うプロ中のプロの気配を感じた。

ただ、それがときとして厭味につながる場合があるが
「おかだ」のご主人からは驕り、昂ぶりの様子は微塵も感じ取れなかった。

この店では両脇のお客の手前、
写真を撮る雰囲気ではなかったのでそのぶん、
じっくりと味に専念することが出来た。

最初の付け出しがこんがりと上がった「胡麻焼き豆腐」に
カラスミの粉がふってあるという珍しい一品。

胡麻豆腐とカラスミの味の濃さのバランスが絶妙で
後の料理への期待が高まり、それは裏切られることはなかった。

向付は「ヤリイカ、ヒラメ、サヨリ、梅貝」、
お椀が「ホタテのしんじょ仕立て」焼き物が「マナガツオの照り焼き」、
お凌ぎの「カニの蒸し鮨」で一息いれたあと、
「オコゼ、筍、蕗の薹」の炊き合わせ、そして「鯛茶漬け」。

灘の生一本をゆるり・ゆるりとお銚子2本、
丁度良い塩梅とはこのことだ。

「祇園 おかだ」から感じられる空気は今や全盛期の頂点、
これを如何に維持していくかが並大抵のことではないだろう。

「どうも有難うございました」、
外まで出てこられたご主人とあいさつを交わす。
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すでに祇園は宵闇、ちらりほらりと光が灯っていた。
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by shige_keura | 2016-03-16 09:20 | | Comments(0)
京都一泊二日 ~金・銀を従える寺~
朝、カーテンを開ける!「びっくりポン!!」。
雪がうっすらと積もっている。
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真冬の寒さがぶり返した中、向かったのは相国寺、
足利三代将軍義満が後小松天皇の勅命を受けて完成した寺である。
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この寺が出来たことで五山の格が改められた。

もともと五山とは鎌倉時代の末期に
北条氏が南宋を倣い五山制度を導入したことに始まる。

そのときの五山の内容は詳らかにされていないが
鎌倉が中心で京の寺は建仁寺のみであったらしい。

その後、室町時代(1386年)足利義満が相国寺を創建した時に、
五山を鎌倉と京都に分割して定め今日に至っている。

尚、京都五山は1.天龍寺 2.相国寺 3.建仁寺 4.東福寺 5.万寿寺と続き、
南禅寺が別格として特別扱いされている。
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今回訪れて初めて知ったことなのだが、
相国寺は塔頭を90以上も有する臨済宗相国寺派の大本山であり、
観光名所で有名な金閣寺、銀閣寺は末寺の扱いとなっている。

金・銀を従えた、将棋で言えば王様に相応しい
大規模な寺院であることに驚いた。
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豊臣秀頼によって再建された「無畏堂」は
現存する法堂のなかでは最古のもの、
天井には鳴き竜として名高い狩野光信の手による
迫力ある龍が観光客に睨みを利かせている。
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法堂の北側に続く方丈に足を踏み入れる。
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大広間に何気なく一枚の法華観音菩薩の掛け軸が掛けられている。
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江戸時代に書かれた観音菩薩、
どこといって特徴はなさそうなのだが、
この絵の凄さはすべての絵柄が
法華経の経文で描かれていることである。
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これを文字絵と表して良いものなのかよく分からないが、
絵の輪郭だけでなく色面もすべて経文で埋め尽くされているという、
気の遠くなるような代物である。
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拡大画像からどの程度、経文文字絵がお分かりになるかは分からぬが、
とんでもない絵を描く人が居たものだ。
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しかし、先ほどからスリッパを通して伝わってくる残酷なまでの冷たさときたら!!
まさに底冷えの京都を体感しながらの京都五山拝観となった。
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御所を通り抜けての帰り道、
見上げる大文字は未だうっすらと雪化粧だった。
                        
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by shige_keura | 2016-03-15 08:44 | | Comments(0)
京都一泊二日 ~狐がいっぱい、外人もいっぱい~
宇治から京都へと帰る奈良線車中、
ふと「稲荷」という駅名があることに気が付いた。

普通ならば固有名詞が稲荷の前につく筈なのに・・・・・・????
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それもそのはず、ここは全国に約3万はあると言われる
稲荷の総元締めともいうべき「伏見稲荷大社」なのである。

だから、稲荷と言えば、この辺では伏見稲荷に決まっているわけである。
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ここの御祭神である稲荷大神を祀ったのは
奈良時代の和銅4年(711)と伝えられている。

その後、「応仁の乱」の時に、
ここ一体の稲荷山はすべて焼き尽くされ灰塵に帰してしまった。

豊臣秀吉の代に入り、天正16年(1588)に
秀吉の母の大政所の平癒祈願が成就したことで
大規模な寄進が行われた。

江戸時代に入ると商売繁盛の守り神として
商人・町人に大人気となり現在に至っている。

今では、毎年正月三が日の初詣客の数が250万人と
近畿地方第1位、全国でも第4位と大賑わいを見せている。
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更に、驚きは外国人の人気スポットとしての人気が急上昇、
2013年が第2位、2014、2015年は
広島の平和記念資料館を抜いて連続第1位を獲得していることだ。
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稲荷山の広大な敷地は約26万坪、
甲子園球場の22倍もの広さ、
そこに所狭しと立ち並ぶ真っ赤な鳥居に先ず驚く。
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通称、千本鳥居と名付けられた鳥居の長いトンネルが目につくが、
一体全体、何本の鳥居があるのだろうか?

ある人が克明に調査をした結果、
人がくぐれる鳥居の数は3,900本あることが分かったと言う。

次に目につくのはあちらこちらに
鎮座ましましているお狐様の姿である。
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お狐様は稲穂、宝珠、或いは鍵を口にくわえ
稲荷大神のお使いはこの私とばかりに
参拝客を見下ろしているかのようにも見える。
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朱塗りの鳥居にお狐様、
エキゾチックな光景が外国、特に中国の観光客に受けるのだろう、
とにかく聞こえてくるのは中国語が多い。
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それも、満艦飾の和服で着飾った
ご婦人方から聞こえてくる光景は一種異様でもある。
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なんだか、お狐様に化かされた気分を味わった伏見大社詣でだった。
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by shige_keura | 2016-03-14 10:21 | | Comments(0)
京都一泊二日 ~生まれ変わった極楽浄土~
お金、切手にこれほど使われている建物もないのではないだろうか?
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宇治平等院の鳳凰堂と
屋根の上に飾られている鳳凰だ。
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私が今でも持っている、昭和26年発行の24円切手には
鳳凰が羽を広げた平等院鳳凰堂がモチーフとなっている。
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続いては昭和32~33年の100円硬貨の裏のデザイン、
昭和51年発行の150円切手にも屋根の上の鳳凰が描かれている。
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そして、現在も使用されている1万円札の裏は鳳凰であり
10円硬貨には鳳凰堂が使われている。
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世界遺産として多くの人々が訪れる宇治平等院、
その創建については次のような話が伝えられている。

もともと、この地には9世紀末頃、
「源氏物語」の光源氏のモデルとされる
左大臣・嵯峨源氏の源融の別荘があった。

それが宇多天皇の手に渡り、
天皇の孫である源重信を経て
長徳4年(998)摂政・藤原道長の別荘「宇治殿」となった。

道長の子、頼通は永禄7年(1052)「宇治殿」を
寺院と改めたのが「平等院」の起源である。

何故、寺院としたかの背景には
この時代に存在した「末法思想」がある。

「末法思想」とは釈迦入滅してから1,500年後には仏法が廃れ
末法の世が到来すると多くの人は信じ、
その到来に対する深い恐怖感を人々は抱えていた。

自分自身も末法を信じていた頼通は、
まさに末法元年(1052年)に別荘を平等院とし、
翌年には極楽浄土をイメージした鳳凰堂と庭園を創建した。
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鳳凰堂が極めて高い価値を持つのは
現存する希少な平安時代の建造物であるということだ。

京都は1467年の「応仁の乱」で灰塵と化し、
それ以前に作られた建造物の殆どが焼失した。

従って、平安時代の貴族が建立した寺院が
建物、仏像、壁画、庭園まで残っているという意味で
平等院は貴重な存在なのである。

ただ、平等院も建武3年(1336)の
楠正成と足利氏との戦いの折に被害を受けたのだが
鳳凰堂だけは奇跡的に災害を免れた。

尚、鳳凰堂は建物の姿かたちが
鳳凰が羽を広げている姿に似ていること、
屋根に鳳凰の飾りがついていることからの通称で
本来の名前は「無量寺院」、平等院の阿弥陀堂の位置づけである。
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平成の修復(2012年9月~2014年3月)を終え
色鮮やかに蘇った鳳凰堂はまさしく
極楽浄土を永遠に語り継いでいるようである。
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by shige_keura | 2016-03-12 20:57 | | Comments(0)
京都一泊二日 ~宇治十帖の里~
今回の京都シリーズは自分の無知をさらけ出してしまうが、
私は代表的古都・京都も知らなければ
日本の古典文学に対しての知識も全くない。

古典の最高峰と言われる紫式部の「源氏物語」は、
さすがに名前は知っているものの読んだことはない。

従って、ここ宇治が「源氏物語」の特別篇ともされている、
「宇治十帖」の舞台であることも知らなかった。

言い換えてしまうと「源氏物語」に
「宇治十帖」と呼ばれるものが存在することも知らなかった。
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にわか勉強で知ったところでは「源氏物語」は全54帖、
その中の45帖の「橋姫」から54帖の「夢浮橋」までを、
主な舞台が宇治ということで「宇治十帖」と呼ばれている。
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正直なところを告白するが「源氏物語」の
概要、解説書を読めば読むほど頭が混乱してきた。

その最大の理由は、
物語に登場してくる人物の驚くべき多さである。

主人公の光源氏、両親の桐壺帝と桐壺更衣、
朱雀帝、藤壺中宮、葵の上、紫の上・・・・・、
80名以上の人物が登場してくる。

これだけの人物を整理して書き進めていく!
一体、紫式部の頭の構造はどうなっているのだろうか!!

とてもとても覚えきれないところに持ってきて
名前だけでは、男だか女だかよく分からないのである。

具体的な例を、「宇治十帖」に登場する
人物名で挙げると
薫君、八宮大君、八宮中君、浮舟、匂宮、といった名前が出てくるが
誰と誰が男だかお分かりになるだろうか?

正解は最初と最後が男性で他の3名は女性である。
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「宇治十帖」のお話は光源氏等の主要な人物が
すでにこの世を去った後の物語。

光源氏の異母弟・八宮は妻を亡くし、京都の家も焼け、
今は片田舎の宇治の小さな山荘で暮らしている。

その山荘に訪れたのが源氏の君の子として育てられ、
自らの身体から魅力的な芳香を醸し出す、その名前も薫君。

そして薫君を意識するかのように
衣に香りを焚き付けた自由奔放な匂宮、
何とも名前を聞いただけで
雅の香りが漂ってくる主人公二人である。
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その間で振り子のように揺れる心で
思い悩むのが八宮の妾腹の浮舟、
彼女は思い余って宇治川に身を投げるが・・・・・・、
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この三人の恋模様が宇治の里で
展開されていくお話しであるらしい。
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宇治川を挟んで、「夢の浮橋古墳」後ろには紫式部像、
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対岸には小舟に乗った浮橋と匂宮、
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横に咲いているツバキは「光源氏」等、
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日本の代表的古典の舞台を盛り上げる演出も楽しい
一時の宇治十帖そぞろ歩きだった。
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出来ることなら、もう一度時間をかけて来てみたい。
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by shige_keura | 2016-03-11 08:55 | | Comments(0)
京都一泊二日 ~先陣争い~
宇治で思い出したことがもうひとつ、
それは「宇治川の合戦」での先陣争いである。

子供のころ、ヒーロー源義経が大活躍した
「源平盛衰記」を好んで読んだご同輩も多いと思う。
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かくいう私も絵物語の義経の活躍に胸躍らせた覚えがある。

「源平盛衰記」にはいくつかの山場があるが、
人気ベストスリーを挙げるとすれば、
「一ノ谷の合戦」の鵯越えの逆落とし、
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「屋島の合戦」に於ける、弓の名手、那須与一が
海に馬を乗り入れ遥か彼方の扇の的を射ぬいた離れ業であり、
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ここ、「宇治川の合戦」での佐々木高綱と梶原景季の先陣争いとなろう。
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暗誦するまで夢中になった「源平盛衰記」なのだが、
恥ずかしながら、つい最近まで酷い勘違いをしていた。

それは、「源平盛衰記」に出てくる主な戦いは
すべて源氏と平家の間で繰り広げられた戦だと思っていたことだ。

そもそも「源平盛衰記」とは応保年間から安徳天皇の寿永年間まで、
約20年間に及ぶ源氏と平家の盛衰興亡を
全48巻にわたって述べている軍記物語である。

主な内容は源氏と平家の争いなのだが、
中には源氏勢力の中での主導権争いも登場してくる。

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by shige_keura | 2016-03-09 22:12 | | Comments(0)
京都一泊二日 ~茶壺に追われて・・・~
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2月29日から3月1日にかけて、
終わりかけた梅の上に、うっすらと雪が積もるという
真冬の寒さがぶり返した京都を訪れた。
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主な目的は京都に詳しい方に紹介を受けた
評判の小料理屋で美味しい和食を味わうことにあった。
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私は京都には数回行ったことはあるとは言え、
古都についての知識はまるでない。

今回も市内でタクシーに乗って祇園に向かった折に
言わなきゃいいことを言ってしまって、
運転手さんを呆れさせてしまった。

私:「ほら、あの正面に見えるのが平安神社ですよね」。

運転手さん:「お客さん、本当に何も知らないねー、ひどいね、あれは八坂神社です」。

きまずい雰囲気が車中に漂ったのだが、
これが、私の京都に対する知識の低さを如実に物語っている。

金閣寺、銀閣寺の「姿かたち」は流石にイメージとして頭にあるが、
これが二条城、御所、知恩院、等々、まるで頭に浮かんでこない。
               (漸く分かった「知恩院」、うーん、立派だ!)
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行ったことがあるのだか?、ないのだか?はっきりとしない。

だから、京都郊外の宇治に至っては、
どこにあるのかさえ分かっていなかった。

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by shige_keura | 2016-03-08 20:37 | | Comments(0)



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