Top
熊本~天草の旅  -無残やな・・・・ー
目の当たりにする惨状に言葉を失った。

同時に、浮かんだのが芭蕉の句である。
「無残やな かぶとの下の きりぎりす」。

                (隅石一本で辛うじて支えている飯田丸五番櫓)
c0135543_17313337.jpg

                 
この句は芭蕉が加賀の国を訪問した時詠んだものであり
熊本城とは何ら関係ない。

恐らく、兜~加藤清正~熊本城の連想が
頭を駆け巡ったのだろう。

今年の3月22日から24日にかけて熊本を訪問、
天下の名城熊本城の威風堂々たる姿に見とれた。
c0135543_17352921.jpg

               (2016年3月訪問時)
c0135543_17365153.jpg

それから1ヶ月もたたぬ4月14日に
熊本地方は大地震に見舞われ
城も甚大な被害を蒙ったことを新聞、テレビで知った。

そして11月、再び熊本訪問の機会を得た。

熊本城の惨状! 見ると聞くとは大違い。
c0135543_1739167.jpg

根こそぎ倒れている大木、崩れ落ちている城壁、
c0135543_17405455.jpg

瓦が滑り落ちむき出しになっている屋根、
わずか一本の柱でかろうじて崩壊を免れている城…。
c0135543_17423471.jpg

特に築城(慶長11年、1606)以来の姿を維持し、
熊本城の美の象徴とまで言われてきた
「長塀」もところどころ崩れ無残な姿をさらしている。
               (3月訪問時の長塀)
c0135543_17443394.jpg

               (11月、修復中の長塀)
c0135543_17462190.jpg

県のシンボルであり県民の誇りでもある
熊本城の変貌が熊本の人たちに与えた影響は計り知れぬことだと思う。

城の復興計画が今始まっている。

しかしながら、どこまで再建できるのか?するべきなのか?
城の復旧よりもいまだに仮設住宅で
不自由を余儀なくしている人たちの救済の方が優先すべきではないのか?

県内でも議論百出、
熊本トータルとしての復興計画の一本化はされていないようだ。

湯水の如き金を城の復旧に注ぎ込み
完全に元の姿に戻すよりも
地震の被害は被害として後世に伝える復旧に取り込むべきだと思う。

自然災害、とりわけ地震の凄さを改めて肌で感じた。
[PR]
# by shige_keura | 2016-11-23 18:23 | | Comments(0)
空の玄関口の映像祭
2012年から行われている「蒲田映画祭」の一環として、
今回、「蒲田映像フェスティバル」が、
東京の空の玄関として発展し続けている
羽田国際空港ターミナルで行われた。

「蒲田映像祭」が何故羽田で行われるのか?

これに対する答えは以下の通りだ。

映像の原点とも言える映画の聖地が
蒲田であることは衆目一致している。

その蒲田から驚くべき進化を遂げている映像は
瞬時に世界を飛び回っている。

従って、「蒲田映像祭」のお披露目として
国際色豊かな羽田国際空港は絶好の開催地なのである。
c0135543_9555083.jpg

2012年から始まった「蒲田映画祭」のお客様は主に大田区民。

映画祭の目的は、かつて栄華と共に発展した
「キネマの天地・蒲田」を、お客様と主催者が共有することで
街の活性化を進めていくことにある。
c0135543_957736.jpg

それが、今回は蒲田だけでなく、
蒲田から飛び出して大田区の要所である羽田から全国に、
そして海外に主に映像を通じて、
日本の美・技・心を伝えることを意図した壮大な仕掛けである。

開催は11月2,3の両日。
c0135543_958825.jpg

オープニングプログラムは伊勢神宮の式年遷宮を中心に据えて
太古の昔から森や海、川と共生を続けてきた
日本人の心に迫ったドキュメンタリー映像「うみ やま あひだ」。
c0135543_9592885.jpg

写真家である宮澤正明氏の手によって描き出された画面は
あくまでも美しく厳かで観る者の胸を打つ。
c0135543_1001498.jpg

2日目は若き工学院学生たちによるアニメとコスプレで幕が開いた。

授業の一環として行われたイベントは浮ついたところはどこにも無い。

思い思いの役に扮した舞台上のコスプレの熱演、
それを熱心に食い入るように見つめていた学生たちの姿、
共に印象深いものがあった。
c0135543_1015631.jpg

牧野健太郎氏による浮世絵の拡大図を使っての説明はユニークこの上もない。

浮世絵原画では見過ごしてしまう細部に打つ出されているもの。
それは当時の江戸庶民の背伸びはせずともお互いに思いやり、
人情に満ち溢れ、生き生きとした日常生活である。

スイス人ファミリー6人組による
外国人の視点で描かれた映像には
我々、日本人が、ともすれば忘れがちな日本の良さが一杯につまっていた。

好奇心と行動力に溢れたスイス人家族は
日本人の忘れ物を心優しくも届けてくれたのである。

最後を飾ったのは人気現代墨絵アーティスト、
茂本ヒデキチ氏のトークショーと墨絵のライブイベント。
c0135543_1035523.jpg

所要時間は僅かの20分。

真っ白な紙に筆に含ませた墨を散らすことでパフォーマンスが始まった。
c0135543_1053327.jpg

開始2、3分を過ぎたころ、
何が現れてくるのか?? 全く見当がつかない。
c0135543_1062075.jpg

ほどなくして、何やら馬のような、
ペガサスとも連想させる形が描かれてきた。
c0135543_1071662.jpg

15分ほどで、騎馬侍の雄姿が徐々に浮かび上がってきた。
c0135543_1083516.jpg


c0135543_10105064.jpg

イベントが行われた羽田の江戸舞台に相応しく、
戦国の騎馬武将が見事に登場!!

手練の技が観客を魅了した。
c0135543_10131882.jpg

ヒデキチさんは言う。
c0135543_10141145.jpg

「筆が動いている間が作品であり完成したものは私にとっては作品ではない」。

含蓄のある言葉だが、それが真に腑に落ちたライブイベントであった。
               (スイスファミリーも墨絵に魅了)
c0135543_1015520.jpg

会場の外では昔懐かしい「縁台将棋」。

そこでは、老いも若きも街の将棋自慢が
島九段をはじめとするプロの棋士相手に
一世一代の名人戦を繰り広げていた。

国際空港に、かつての日本人がこよなく愛した人間の繋がり、
縁台将棋を取り入れたユニーク溢れる趣向である。
c0135543_10162140.jpg


c0135543_101797.jpg

秋晴れの両日、羽田を発着する飛行機の数々、
今回のイベントが少しでも羽に乗って様々な場所に運んでくれることを望む。

日本人は自分たちが持つ歴史の深さ、
心の清らかさ、匠の技を決して忘れてはいけない。
c0135543_10175388.jpg

                (映画「うみ やま あひだ」の一場面)
c0135543_10182920.jpg

[PR]
# by shige_keura | 2016-11-11 14:20 | | Comments(0)
開場50周年
歌舞伎公演の基本に立ち返り、
通し狂言による上演を基本との理念のもとに
国立劇場が設立されたのは昭和41年(1966年)の事だった。
           (完成間近のころの国立劇場、まだ都電が走ってる)
c0135543_8233139.png

開場公演の「菅原伝授手習鑑」に際して
祈念切手が発売されたことに期待の高まりが見て取れる。
c0135543_8261081.jpg

以来、今年の11月で満50年、
歌舞伎公演300回を迎えたた節目に
10月から3か月通しで行われている公演が人気演目の「仮名手本忠臣蔵」である。
                (11月5日、秋晴れの国立劇場)
c0135543_8293574.jpg


c0135543_82855100.jpg

「仮名手本忠臣蔵」の初演は寛永元年(1748年)に遡るが、
いずれの時代も歌舞伎の人気演目としての不動の位置を保ち続けている。
              (国立劇場開場20周年の時の「仮名手本忠臣蔵」)
c0135543_8325930.jpg

実際の松の廊下の刃傷沙汰から
赤穂浪士の討ち入りが起こったのが1701年~1702年の事だから
初演は事件後46年の事となる。

従って、お芝居は時代も足利時代に置き換え、
人物の名前も変えざるを得なかった。

更に、討ち入りの浪士の数、四十七士を
「いろは四十七文字」に見立てたことで「仮名手本」のタイトルがつけられた。

記念三か月公演の上演時間を合計すると
15時間以上に達する超大作である。

今回の11月は5段目から7段目、
お軽・勘平の道行と不思議な因縁、
c0135543_8414377.jpg

そして四十七士を率いる由良之助が一力茶屋で見せる
放蕩と見せかけた振る舞いが見せ場となっている。
                (7段目・祇園一力茶屋)
c0135543_8442121.jpg

今まで断片的にしか知らなかったお芝居の中身が
漸くつながりとして捉えられたことが
興味深く観られた大きな要素となった。

主君の仇討に向かうお話を縦糸とし、
それにまつわるいくつかのエピソードが
いわば横糸として巧みに、緻密に張り巡らされていることに驚いた。
c0135543_8372085.jpg

尾上菊五郎、中村吉右衛門以下、尾上菊之助、
尾上松緑、中村錦之助、中村雀右衛門、等々の豪華出演。

なかでは、お軽の兄、寺岡平右衛門に扮した
中村又五郎の硬軟取り混ぜた熱演、
そして、お軽に横恋慕する鷺坂伴内に扮して
滑稽味を醸し出す坂東亀三郎が印象的だった。

とりわけ中村又五郎の芸域に幅が出たことは
驚きでもあり今後の楽しみにもなった。
             (先代・又五郎の「剣客商売」秋山小兵衛)
c0135543_8465613.jpg

先代又五郎は痩身小柄ながら存在感は抜群であり、
池波正太郎が偶然に出会った時に
人気シリーズ「剣客商売」の秋山小兵衛をイメージしたと
度々随筆に著していた。
             (池波正太郎氏が描いた秋山兵衛)
c0135543_8485713.jpg

一方の当代・又五郎は小太りで小柄、
同じ池波正太郎の人気シリーズ
「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵にぴたりとはまる役者だと感じた。
             (右・中村吉右衛門・当代鬼平、左・当代・中村又五郎)
c0135543_850247.jpg

             (池波正太郎氏描くように長谷川平蔵は小柄で小太りの男)
c0135543_8522648.jpg

話が若干横道にそれたが、12月の幸四郎の由良之助が楽しみだ。
[PR]
# by shige_keura | 2016-11-07 08:55 | | Comments(0)
乾坤一擲
乾坤一擲とは運命を託した大勝負手、
「のるかそるか」の背水の一手である。

この大博打が決まれば今までの劣勢を大逆転出来るし、
仮に思い通りいかなくとも、すべてをやりつくした充足感に浸れる。

その意味では、彼には悔恨の想いが強く残ったに違いない。

彼とは日本シリーズで日ハムと死闘を繰り広げた
広島を率いた緒方監督である。

今年のプロ野球日本シリーズは
2勝2敗とタイとなった時に予想した通り、
4勝2敗で日ハムが日本一の座を獲得した。
c0135543_108928.jpg

ただ、このシリーズは際どい試合の連続であり、
ほんのちょっとしたミスが試合を左右していった。

そのミスは選手だけではなく
監督の采配の躊躇すなわちミスも含まれている。

北海道へ決戦の場所が移ってから
広島の緒方監督の采配に迷いが見て取れた。

打つ手打つ手が逆目に出たのである。

その結果、本拠地に戻った第6戦、
彼は「動かざること山の如し」の戦術に出た。

ただ、この時のチームの状況は後がないとはいえ、
熱狂的な地元の後押しがある。

こういう時には、積極果敢にうって出て
チーム全体を鼓舞する方が得策ではなかったか?

問題は4-4同点で出迎えた8回の表、
中継ぎのジャクソンが簡単に2死を取った後で3連打を浴び満塁となった。

打者は中田、4番とは言え穴の多く、
コントロールミスさえしなければ打ち取れる。

ジャクソンはそれを意識した余り、ストレートの押し出し、
続く投手のバースにまさかのタイムリーを浴びた。

これでは守っている選手はやりきれない。
試合をひっくり返そうという闘志も萎えてくる。

話を巻き戻すと、打者・中田の場面で
監督として最良の選択をしなければいけない。

その最良とは、もちろんピンチを切り抜けることだが、
同時にナインを鼓舞し広島ファンのボルテージを最高に上げる戦術だ。

ならば、この場面は黒田の投入しかない。
c0135543_1092354.jpg

既に引退を宣言した黒田の最後の雄姿、
花道にこれほど相応しい場面はない。

おそらく、あそこで黒田を投入すれば
中田は心を乱され凡打、三振に打ち取られていたと確信する。

仮に万一、黒田が打たれたとしても、
選手、ファンは納得し試合を逆転する闘争心に火がついたと思う。
c0135543_10101343.jpg

スポーツ、勝負事には乾坤一擲の大ばくちが必要な場合がある。

乾坤一擲の、勝負手をしまいこんでしまったが為に
試合は風船が萎んだような味気ない結末となってしまった。

緒方監督を責めるつもりはないが
あそこは全軍の将として動くべき時だったと思う。
[PR]
# by shige_keura | 2016-11-04 08:49 | スポーツ | Comments(0)
85歳の奇跡
1982年、「ファイヤ- フォックス」、
c0135543_17443240.jpg


c0135543_17465391.jpg

当時の東西冷戦化を背景にマッハ5の性能を持つ
ジェット戦闘機の迫力を如何なく描き出した時が52歳。

2000年の「スペース・カウボーイ」では
c0135543_17481092.jpg


c0135543_17505311.jpg

現役を引退した年寄り4人組の宇宙への再挑戦を
夢とロマンをたっぷりと盛り込み観客を魅了したのが60歳のとき。

そして85歳を迎えた今、
三度び空をテーマとした傑作を生み出したのがクリント・イーストウッドである。
c0135543_1752792.jpg

実話をもとにした「ハドソン川の奇跡」は
タイトル通り航空機史上の奇跡であるとともに
年老いた監督の映画への情熱が生み出した奇跡の大傑作だ。

クリント・イーストウッドは
当初しがないテレビ西部劇の俳優だった。
c0135543_175383.jpg

               (テレビ西部劇「ローハイド」
                左・イーストウッド、右・エリック・フレミング)
その後、マカロニウエスタンの顔として
その存在を世に知らしめた。
c0135543_17545770.jpg

従って監督としてのデビューは遅咲きとは言え
2000年以降に生み出した傑作群は
彼の非凡な才能と共に常にフレッシュな感性を強く印象づけてきた。

例えば、2004年の「ミリオンダラー・ベイビー」は
人間の死に対して冷徹で客観的な結論を下している。

2008年の「グラントリノ」では人種問題を通じて
老人の覚悟が潔く語られた。

2009年、「インビクタス/負けざる者たち」は
南ア初の黒人大統領の決意をラグビーを通じて
痛快に爽やかに伝える娯楽作品である。

その後、2014年には「アメリカンスナイパー」と
「ジャージーボーイズ」と言う好対照の傑作を送り出した。

一方は中東の戦場に送り出された狙撃手の
心の葛藤を描く社会的作品であり、
他方は彼が得意とする音楽分野の娯楽作であった。

イーストウッドに対して驚くのはクランクインから
アップまでのスピードの速さであること。

そして彼の作った映像からは
何のてらいもない映画に対しての素直さがはっきりと窺える。

これが、今までの巨匠たちとは大きく違うところだ。

アメリカの巨匠、アカデミー賞を5回獲得したジョン・フォードでも
62歳の時に作った「捜索者」を最後に切れ味、枯淡の味共に失われていった。

英国生まれでハリウッドで大活躍したアルフレッド・ヒッチコックは
61歳の時に生み出した「サイコ」が彼らしい最後の作品となった。

日本を見ても、大傑作「七人の侍」を世に送った黒澤明でさへ、
70歳の「影武者」、「乱」は冗長で独りよがりの色濃く、
巨匠老いたりの感が強い。

「ハドソン川の奇跡」、実話を真正面に捉え、
力むことなくわずか1時間30分余で観客を酔わせるイーストウッド、
とても85歳の老境に差し掛かった男の作品とは思えない。

これは「85歳の奇跡」として
映画史に残る娯楽作品の見本と言えよう。

こういう作品は、最後の最後まできちんと見よう。

そこに登場するのは実際のサリー、
瞬時の判断で大惨事を未然に防ぎ犠牲者を一人も出さなかった機長である。
c0135543_17574841.jpg

               (左より、副長役のジェフ・スカイルズ、実際のサリー、
                クリント・イーストウッド、トム・ハンクス、機長役)
この飛行機には当時二人の日本人が搭乗していた。

機長と一緒の救命ボートに乗った一人はこう語っている。

「救助が完了して陸に上がった時の機長から興奮の色は何も感じなかった。
 これで任務完了、帰りに一杯飲んで帰るかというような余裕さへ感じた」。

サリーを演じたトム・ハンクスも見事な役者として引き付けたが、
実際のサリーは、わずかな登場の中で
英雄とは何たるかを教えてくれた。

クリント・イーストウッド、
次はどのようなテーマで観客を楽しませてくるのであろうか。
[PR]
# by shige_keura | 2016-11-01 09:21 | | Comments(0)
熱戦・遠距離シリーズ
プロ野球日本シリーズは昨日の日本ハムの勝利
で2勝2敗のタイとなった。

今年のシリーズは現在のセ・パ両リーグの球団の本拠地を考えた場合、
広島と札幌と言う遠隔地の両球団が戦う遠距離シリーズとなる。

だからといって、この遠距離がどちらのチームに
有利不利をもたらすと言うことにはならない。

ただ、札幌と広島、日本の地方都市同士で行うことは
地方の活性化を考えると真に好ましい現象とも思われる。

巨人ファンの小生といえども、
今回のシリーズは興味を持ってテレビ観戦してきた。

ペナントレースを盤石な戦いで勝ち上がった広島、
一方、奇跡的にソフトバンクを追いこんでパリーグのペナントを制した日本ハム。

こういう場合、ややもすれば終盤の勢いで
日本ハムが圧倒するかと思ったものだが広島で2連敗、
本拠地の札幌でも終盤までリードを許される展開。

それを引っくり返したのが大谷であり田中であり
レナード等打つべき選手の活躍だった。

一方の広島は敵地で連敗したとはいえ
最後まで勝負を諦めぬ粘っこさは特筆ものである。

カギは今日の広島、ジョンソンの出来次第、
沢村賞獲得に相応しい投球を彼がすれば、
勝ち越して本拠地の戻ると言う圧倒的な有利に立てる。

しかし、勝負はそう簡単な筋書き通りにはいかない。

本拠地で息を吹き返した日本ハムが
敵のエースを攻略することも十分考えられる。

形成は全くの五分五分なのだが、
私はなんとなく日本ハムに流れが向いてきていることを感じているが・・・・・、
いずれにせよ今日の試合が楽しみだ。

願わくばビデオ判定と言う味気ない場面が無いことを望む。
このシステムは間のスポーツ、野球には全く適さない。
[PR]
# by shige_keura | 2016-10-27 08:24 | スポーツ | Comments(0)
遥かなる昭和・本物のタレント群像 -7-
1974年と言えば戦後そろそろ30年に差し掛かる頃の12月6日、
場所は東京武道館で超満員の観客を集めた
伝説のコンサートが開かれた。

このときの16,000人を数えた観客の盛り上がりは
1966年のビートルズ初来日コンサート以来であると伝えられている。

名付けて、「中年御三家 ノーリターン・コンサート」、
熱狂的なファンをそれぞれに集めていた
小沢昭一(当時45歳)、野坂昭如(44歳)、永六輔(41歳)、
司会進行役を務めたのが愛川欣也(40歳)と中山千夏(26歳)だった。

小沢昭一さんは小生の中学・高校の大先輩、
今から思えば何としてもこのイベントは見逃すべきではなかった。

とにもかくにも言葉の達人をこれほど揃えたコンサートは
空前絶後と言うべきに違いない。

今となっては当時の模様を録音でしか知ることはできないのだが、
それだけでも十分に当時の盛り上がりを窺えることが出来る。
c0135543_20521892.jpg

司会者の滑稽な紹介でひとりずつ舞台に登場し、喋りと歌を披露する。

当時、浅田飴のコマーシャルをしていた永六輔。

「遠くに行こうと行けまいと、お経を詠もうと詠めまいと、
 咳・声・喉に浅田飴、赤坂珉珉会長(その筋に有名なチャーメン屋)、
 浅田飴で鍛えた喉の持ち主、永六輔」の紹介で登場。

あとは独特の口調で場内を沸かせる。

どうぞ永さんの顔と喋りを思い出しながら読んでいただきたい。
c0135543_20525493.jpg

「後ろに3人の写真がありますよね。
 海軍兵学校で戦争に参加した小沢さん、
 学徒出陣寸前の野坂さん、
 焼け跡にコスモスが咲く中、飢えと戦った私、
 それぞれ2歳ずつ違うのね。

 育った環境が違うから、僕の顔には厳しさがないけれど、
 ・・・女性をくすぐる甘さがありますよね・・・・・」。

当時、サンヨー・レインコートの
テレビ・コマーシャルに出演していたのが野坂昭如。
c0135543_20541237.jpg

「雨が降ろうが降るまいが・・・・外はいつでもサンヨー・レインコート、
 浮浪児出身、感化院卒、四畳半襖張替業」の紹介で登場した野坂さんは
例の早口ながら訥々と語る。

「我々御三家に優る歌手は居ないわけで、
 今年の十大ニュースなんだ、きっと。
 今日は酒を一切飲まず、歌詞を見ることなく独りでやります。
 トム・ジョーンズと一緒にってオファーがあるって聞いたんだけど、
 あんなドサ周りと一緒にはごめんだね」。

続きを読む
[PR]
# by shige_keura | 2016-07-31 11:06 | | Comments(0)
遥かなる昭和・本物のタレント群像 -6-
1968年、テレビのコマーシャルに登場した巨泉さんから
突如、わけのわからぬ言葉が飛び出した。

リズム感抜群ながら意味不明の言葉は
倒産寸前だったパイロット万年筆を奇跡の復活へと導いたのだから
視聴者に与えたインパクトは半端ではなかった。
c0135543_941714.jpg

「みじかびの、きゃぷりきとれば、すぎちょびれ
 すぎかきすらの、はっぱふみふみ、   分かってね!」

コマーシャル撮影の為スタジオ入りした巨泉は
台本を一目見るなり「面白くない」と一言、
そしてアドリブで奇妙な言葉が飛び出した。

この時代、植木等、谷啓等が
盛んに意味不明の言葉を使って話題を呼んだ。

「ハラホロヒレハレ」とか「ガチョー-ン」という言葉を覚えておられるだろう。

巨泉さんがこの言葉に込めた意味はこうなのだ。

「ポケットに入りやすくした短い万年筆、キャップを取って後ろにつければ、
 あとはすらすらと書けてルンルン気分」。

なんとなくわかるような気がするが、
そんなことよりも巨泉のリズム感には仰天した。

これには続編が登場した。

「すぎしびの、ほねのすねにて、はぎりでら
 すらりぺらぺら、はっぱのりのり」、

このあとに彼の歯切れの良い言葉が続く。

「僕が言いたいのはね、18金キラ、キンキンの万年筆の書き味が
 “のりのり”か“ふみふみ”だってこと。
 ここはやっぱり“ふみふみ”だね」。

続きを読む
[PR]
# by shige_keura | 2016-07-30 18:03 | | Comments(0)
遥かなる昭和・本物のタレント群像 -5-
「金曜11」の中で、大橋巨泉は多彩な才能を発揮していた。

視聴者参加の「11ダービー」は
言ってみれば二人を競馬馬に見立て、
参加者の選ぶ番号によって進むコマが決まり、
どちらが早くゴールに辿りつけるか、
いわば双六と同じ至極単純なゲームである。
c0135543_9331872.jpg

これを人気コーナーとしたのは
大橋巨泉の話術の賜物と言って間違いない。

こんな、言葉が度々彼の口から飛び出した。

視聴者が電話で選んだ数字が、例えば「へ5番」とする。

巨泉曰く、「あッ、への5番ね、これが凄いへで・・・・」、
雪路は又かといった顔をしながらも吹き出す。

巨泉だからこその面白さだと思う。
               (11PM本番前の打ち合わせ中の巨泉と雪路)
c0135543_9341797.jpg

そのほか、競馬勝ち馬予想、麻雀、釣りにゴルフにボーリング、
そして番組では殆ど取り上げなかったが将棋も玄人はだしだった。

競馬をはじめとする博打、将棋の世界に精通している
作家の山口瞳さんは巨泉の才能に驚嘆したことがあった。

巨泉が将棋の世界に入ったきかっけを作ったのが山口さんなのだが、
わずか半年後には平手で勝てなくなるほどの上達を見せたと言う。

「巨泉さんは何事にも真面目に真剣に取り組んでいる。
 あの人は才能もあったのは確実だが努力も半端じゃない」。

これが山口瞳の巨泉評である。

続きを読む
[PR]
# by shige_keura | 2016-07-28 20:24 | | Comments(0)
遥かなる昭和・本物のタレント群像 -4-
1965年、テレビにとっては不毛の時間帯の深夜に挑戦した番組が現れた。

NTV系列で始まった「11PM」、
まさしく当時の深夜と言われた23時から1時間もかけたバラエティ番組だった。

月・水・金は関東、火・木は関西がキーステーションとなって始まった「11PM」は
お色気という新たな味付けを盛り込んだことで
深夜としては驚くべき視聴率を叩き出した。

私が観たのは主に関東製作「11PM」、
月曜日と水曜日は小島正雄のスマートな司会が印象的だった。
c0135543_2116437.jpg

彼は1913年の生まれ、NHK入社するも戦後復員してからは
名門ジャズバンド「ブルー・コーツ」のバンド・マスターとして活躍し、
コーラスグループの「ダークダックス」「ボニー・ジャックス」
「スリー・グレイセス」の生みの親として名高い。

これから更なる活躍が期待された56歳の時に
心筋梗塞の為突然この世を去り世間を落胆させた。

金曜日の11時が楽しみのお時間、「金曜11」の開始である。

ジャズ評論家でピアニストでも活躍した三保敬太郎の
軽快なアップテンポのテーマが流れる。
c0135543_17144013.jpg

画面には網タイツの女性の動画、
そしてお色気一杯のジューン・アダムスがウインク!
c0135543_1715351.jpg

「バー・サバダバ、ダバダバ・・・・」。

続いて、金曜日の司会者大橋巨泉と
朝丘雪路のお馴染みのセリフが流れる。
c0135543_17164797.jpg

「金曜のイレブンは、司会は巨泉、野球は巨人の大橋巨泉と」(巨泉のセリフ)
「朝まるで弱い朝丘雪路」(雪路のセリフ)の司会でお送りします。

ここからはページを割いて最も敬愛したタレントの一人、
大橋巨泉の思い出を語りたい。

続きを読む
[PR]
# by shige_keura | 2016-07-26 23:24 | | Comments(0)



2007年9月末にこちらに引っ越してきました。
→過去のブログを見る


ホームページ 



LINK 

カテゴリ
全体



スポーツ
その他
LINK
トリップアドバイザーにお勧めブログとして認定されました。金沢 ホテル
旅行口コミ情報
最新のコメント
↑恥ずかしいからそういう..
by Hiraoka at 17:45
試合はブチ切れるし、判定..
by shige_keura at 09:36
コメント有難うございまし..
by shige_keura at 18:00
全話をチェックした訳では..
by 通りすがり at 16:23
思い出しました!!! ..
by aosta at 13:46
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
more...
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

LINK FREE

このブログの写真・テキストの無断使用はお断りします。

(c) 2007 shige_keura. All rights reserved.