1961年、ロバート・フラー来日!
到着時の羽田空港には 2,000人を超えるファンが出迎えた。 ![]() まさに国賓待遇で 時の首相、池田勇人氏との面談も設けられた。 時の首相からの招待! それは、あのビートルズでさえ 叶わなかった異例の待遇だったのである。 更には、全国主要都市で行われた歓迎会には あわせて10万人を越すファンが詰めかけた。 この熱烈歓迎に最も途惑ったのが 当の本人、ロバート・フラーだった。 アメリカではしがないテレビ役者が 東洋の島国での爆発的人気! 不思議に思うのも無理は無かっただろう。 (大横綱、大鵬と並んで) ![]() さて、私にとって ロバート・フラーは好きな俳優ではなかったが 「ララミー牧場」は毎週のお楽しみだった。 それには、幾つかの理由がある ひとつは、もう一人の主人公、 スリムに扮したジョン・スミスに 好感を覚えた事。 ![]() そして、番組が醸し出す ”ホームドラマ”的味わいが それはそれで悪くなかったからだ。 その中心に居たのが ”カーマイケル爺さん”の呼び名で出ていた ホーギー・カーマイケルの存在だった。 ![]() 彼は俳優というよりも 「スターダスト」、「ジョージア・オン・マイ・マインド」等 数々の名曲を世に送った 作曲家として名高い人物なのだ。 (若かりし頃のホーギー・カーマイケル) ![]() 尚、余談となるが ジョン・スミスとロバート・フラーは 1957年、ゲイリー・クーパー主演 ウイリアム・ワイラー監督による 名画、「友情ある説得」に端役ながら 共に出演しているのが何かの因縁だ。 (銃を構えているゲイリー・クーパーの隣りが ロバート・フラー) ![]() ところで、「ララミー牧場」日本放映に当っての テレビ局の力の入れようは半端ではなかった。 先ずは、始まりに当ってのコマーシャル。 ご同輩は覚えておられるだろう。 提供はバヤリースオレンジ、 チンパンジーが衣装を着て出演し 番組をパロディー化したものだった。 吹き替えはクレージー・キャッツ、 中でも人気となったのが 「メリーさん、メリーさん」、 声の担当は谷敬さんだった。 物語の初めに当っての主題歌は 当時若手のデューク・エイセスが歌っている。 極め付きが終了間際に登場する 眉がピクピク動く なんとも奇妙なおじさんだった。 彼こそ誰あろう、 淀川長治さん 「西部こぼれ話」と題しての 彼のお得意のお喋りコーナーだった。 ![]() この出演が後の「日曜洋画劇場」での ”さいなら、さいなら”の先駆けとなったものである。 話を、ロバート・フラーに戻そう。 1960年代半ば、 テレビ西部劇が下火となると同時に ロバート・フラーの名前も 急速に忘れ去られていった。 その中で、目立った活動が 1972年の「続、荒野の七人」への出演だ。 彼の役は”ヴィン”の名前のガンマン。 しかしながら、オリジナルで扮した スティーブ・マックイーンとは比べものにはならなかったし 映画自体も駄作の域を出なかった。 その後、彼はいつの間にか 映画、テレビ界から引退してしまったが 今もテキサスの牧場で 元気に暮らしているという。 その牧場の名前が ”ララミー”かどうか? それは知らない。 ”白い雲が・・・・・・・・流れて行く・・・・ ここは西部の大草原・・・・ ララミー、ララミーーーーー”
by shige_keura
| 2009-04-09 10:18
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