中国は国は広いし
長い歴史を持つ国だ。 従って、世界遺産も33を数えているが これは世界で3番目の多さである。 因みに1番はイタリアの44、 続いてスペインの41となっている。 ![]() 今日訪れた莫高窟は1987年 万里の長城、始皇帝の兵馬俑と共に 中国で最も早く 世界遺産の認定を受けた場所だ。 (莫高窟のシンボル九層楼 直ぐ上には中秋の名月を過ぎたばかりの月が) ![]() 莫高窟、何しろ規模が桁外れだ。 ![]() 敦煌とその周辺の 石窟寺院の数を紹介しよう。 莫高窟 725 楡林窟 42 西千仏洞 22 東千仏洞 7 五個廟 6 このように、合計812の窟のうち その大半が莫高窟に集中している。 ![]() ここでは最も古い北涼期(5世紀前半)から 元の時代まで 10王朝、中国1000年の仏教美術の推移を 目の当たりに見ることが出来る。 研究家の間でも 中国の美術史を一箇所で学べる所として つとに鳴り響いている場所なのだ。 (ポプラと楡の並木道を通っていざ見学へ) ![]() ただ、規模が余りにも大きくて 見学するほうにとっては大変だ。 (我々を誘うかのような飛天の像) ![]() 何しろ壁画を例にとっても その総面積は4.5万㎡、 壁画を全て横に並べたとすると 30キロに達すると言うのだから。 まさに砂漠の大画廊 それが莫高窟なのだ。 ![]() 今回は丸1日を費やして 16に及ぶ窟を見学した。 故井上靖氏が”美人菩薩”と名付けて以来 ”美人窟”(第57窟)と呼ばれるようになった壁画の菩薩は 深遠なそして引き込まれるような魅力に溢れている。 ![]() 敦煌を16回も訪問した平山郁夫氏が 絶賛したのが初唐の壁画(第220窟)だ。 ![]() そこには氏が探し求めていた 法隆寺の壁画の源流が描かれていた。 素晴らしい塑像、壁画の連続で 頭の中はゴチャゴチャになってしまう。 中で、感動したのが唐の時代に作られた 巨大な釈迦の涅槃像である。(第158窟) お釈迦様が生涯を終えて入滅する姿を描いた涅槃像は ここ敦煌でも数多く見ることが出来る。 ![]() 敦煌西の郊外には 涅槃像によく似た 小高い丘の連なりまで見ることが出来る。 第158窟、目の前に 15.5メートルもの涅槃増が 左側を頭にして横たわっている。 右側の釈迦の足元から表情を窺うと その目はうっすらと開いている。 ![]() 眼差しは弟子達を暖かく見守っているようでもあり 全てを見通しているような 洞察力も感じられる。 ところが左に移動して見ると その目は安らかに閉じられている。 ![]() そこには生涯を終えて入滅すると言うよりも そろそろ一休みするか、といった 安らぎに満ち溢れている。 暫しの間、 不可思議な心地よさを味わった。 (注) 本編を含む”仏教美術1000年”の使用画像について ・莫高窟初め全ての窟内は撮影禁止の為、 壁画、塑像等は書籍等からの複写 ・昨日の(10月19日)ブログの全体写真は ”文化財保存支援機構”からの提供 ・上記以外は、すべて旅行中に撮影したもの ■
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by shige_keura
| 2009-10-20 08:57
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