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正月の鎌倉・逗子 -お墓参りと段葛(だんかずら)-
お正月になると必ず行く場所が鎌倉だ。
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初詣ではなく、両親のお墓参り、
場所は雪の下にあるカソリック霊園、
市内の雑踏が嘘のように今年も人っこ一人いない。
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三が日の澄み渡った青空の下の墓参りは
心が洗われるばかりでなく
大げさに言えば人生を振り返る良い機会となっている。
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母は63歳でこの世を去った、私が39歳の時、
すなわち30年も前のことになるわけで
今の私の歳はとっくに母の寿命を上回っている。

この30年あっという間の様でもあるが
娘たちの成長、結婚、孫の誕生等々、
様々な出来事が起こったが
総じて嬉しい出来事の連続だ。

又、吾等夫婦も健康上の問題は特に抱えず、
ここまでは実に恵まれた人生だと思っている。

さー、これからが難しい。

どのように人生の幕を引くか
出来ることなら健康でポックリあの世に行きたい。

これは、御同輩諸氏も同じ想いだろうが
健康ならば普通は生き続けるわけで
そう容易く思い通りに事は運ばない。

「さー、どうしたものか?」
と、考えても解決策が見いだせるものでもない。

ここは、毎年同様、両親にお願いするほかはない。





雪の下の霊園往復するためには
必ず鶴ヶ岡八幡宮のそばを通らねばならぬ。
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1月3日、参道は多くの人で満ち溢れている。
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さて、鶴岡八幡宮の参道(ニの鳥居から八幡宮まで)は
両側の車道、商店街歩道と比べ若干高く築かれている
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これは他の神社では見かけず
鶴ケ丘独特のもので、段葛(だんかずら)と呼ばれている。
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鎌倉時代に築かれ、当時は作道と言われていたが
その後、神社・宮殿などの基壇に使われる
葛石の名から段葛と命名されるようになった。
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何故、段葛が作られたかについてだが、
表面的には1182年(寿永元年)
源頼朝が妻・政子の安産祈願の為に造営を命じたと伝えられている。
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確かに安産祈願の要素もあったであろうが
もっと重要な意味があったと思われる。

頼朝が鎌倉を本拠地と定め
町づくりをするために沢山の山から土を運んだ。

その為に山の保水力が脆弱化し、
雨が降るたびに参道(若宮大路)に土砂が流れ込み
歩行が困難になってしまったのだ。

そこで築かれたのが段葛なのである。

さらに面白いのが築くにあたって軍事上の要素を取り入れた事だ。

自分で歩いてみると分かるが
二の鳥居近辺の道幅は広く
八幡宮に行くに従って道幅が徐々に狭くなっている。

これは、敵の軍勢を遠近法で攪乱させるためのもの、
即ち、八幡宮までの距離を実際以上遠く見せることと、
道が徐々に狭くなって行くことで軍勢を混乱に陥れるためのものだ。
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鶴岡八幡宮にお参りする次の機会には
是非、その辺も味わって古都・鎌倉巡りをしたらいかがでしょうか。

なに! もうそんなことは知っとる!!

そりゃまた、失礼しました。
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by shige_keura | 2013-01-15 20:16 |
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