1月8日(金)、ここは千代田区永田町、
地下鉄・赤坂見附駅のほど近くにある山王日枝神社だ。 堂々たる鳥居をいただくこの神社の創建は詳らかではないが、 太田道潅が文明10年(1478)に着手した 江戸城築城に源を求められるとのことだ。 その後、天正18年(1590)、 徳川家康がお国替えによる江戸移封の際に 城内に祀り、江戸城の鎮守とした。 鎮守ならば守護神、今や首都・東京を御護りするに相応しい神社には、 普通は余り見かけぬものがある。 それは参道の階段横に設置されているエスカレーターである。 サービス過剰気味のエスカレーターが設置された裏には 永田町に深く関係ある代議士先生方達を慮ったものであると、 まことしやかに囁かれている。 吾輩でも難儀もせずに登れる階段を 自分の足で上れぬような人たちならば さっさと引退すればよいのにと思うのだが・・・・。 くだらぬ話はこれぐらいにして本題に入っていこう。 本日ここに参詣に来たのは二つの理由がある。 ひとつは今年の干支に関係している。 ここは山王の名前がついているように 元をただせば比叡山麓の日吉大社より生じた 山王信仰神道の神社である。 日吉大社の神使いが猿であるので 必然的にこの神社にも神のお使いであるお猿様が あちこちに鎮座ましましている。 本年は申年、しかも私の干支であるからには 山王日枝神社にお参りしなければ罰が当たる。 平日にもかかわらず 御守り、お札、絵馬等を購入する場所は長蛇の列の上に、 なんとも要領の悪い応対であるのだが、 場所柄、お日柄、文句を言う人は誰もいない。 並ぶこと30分余、ようやくゲットしたのが「神猿」の御守りだ。 「神猿」は「まさる」と呼び、 「勝る」、「優る」そして「魔が去る」に通じている。 今年は「神猿」の霊験あらたかに悪魔が去り、 競馬、麻雀で大勝利を収めるに違いないとノー天気な爺は楽観している。 もうひとつの理由が5日に観た国立劇場の演目、 通し狂言「小春穏沖津白浪 小狐礼三」にある。 河竹黙阿弥生誕200年を記念して上演されたお芝居の大詰めの場が 「赤坂山王稲荷鳥居前」となっている。 この場面、巧みにしつらえた舞台装置に感心した私としては、 どうしても舞台の鳥居と本物を見比べたかったからである。 急勾配の階段お両側は色鮮やかな朱色の鳥居、 上りきったかと思うと直角に曲がった鳥居のトンネルが目の前に現れる。 ここは神社の本殿裏手にあり、 鳥居自体の存在があまり知られていないのか 先ほどの雑踏が嘘みたいに静寂に包まれて良い心持である。 この鳥居の参道を巧みに舞台に取り入れたものだと 見れば見るほど感心する。 この鳥居の上で大勢の捕り手を相手に 飛んだり跳ねたりした尾上菊之助、 その役名は稲荷に相応しく「小狐礼三」、 その動きは猿にも引けをとらない。 (山王稲荷には猿・狐ならぬ狛犬が) きっと、そのめまぐるしさには神の使い、 お猿様もさぞかし、「びっくりぽん」だったことだろう。
by shige_keura
| 2016-01-12 22:46
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