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房総は春近し -「上」の意味は?-
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今や世界の味として洋の東西を問わず
親しまれている醤油であるが、
一体いつごろこの世に生まれてきたのだろうか。

醤油の原型と言われる醤(ひしお)は
すでに弥生時代からあったといわれているが、
一般に我が国における醤油の発生は鎌倉時代と言われている。
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紀州由良(和歌山県)、興国寺の僧・覚心が
宗の国で習得した味噌の作り方を教えているときに、
偶々、桶の底に溜まった液をなめてみると
大層美味しいのに驚いたのが醤油の始まりである。
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ただ、その頃の醤油は「たまり醤油」で
量に限りがあり一般的に流通するまでに至らなかった。

その後、江戸時代に入り(1610年ごろ)
現在の醸造法が和歌山県で発明(湯浅醤油)されたことで全国に広まっていった。

当初は関西は言うに及ばず江戸でも
いわゆる「下り醤油」(西から江戸に運ばれてきた醤油)が普及していた。

関東でも醤油づくりには江戸時代から力を入れていたのだが
その中心にいたのが富農、名主層、近江商人と並んで紀州出身者がいた。

後に、彼らは独自に「濃い口しょうゆ」を発掘し
利根川・江戸川水系を活用して
大消費地の江戸への出荷を伸ばしていった。

その結果、江戸時代後半に入ると
江戸の町でも濃い口しょうゆが
下り醤油よりも好まれるようになっていった。

この濃い口醤油生産の中心なのが
千葉県の銚子と野田なのである。

現在の日本の県別生産量を見てみると
千葉県が35.6%と他県を圧倒している。

又、日本の醤油五大名産地の中には
銚子、野田、龍野と千葉県の三つの町がリストアップされている。

因みに残るふたつの産地は、
兵庫県の小豆島と石川県の大野である。






さて、ここからは今日訪れた銚子に本社を置く
「ヤマサ醤油」について紹介しよう。
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創業者・濱口儀兵衛は醤油の元祖と言われる
和歌山県・湯浅村(湯浅醤油)の隣村で生まれた。

彼の幼いころより紀州出身者の多くが
千葉の銚子に渡り漁業で成功を収めていった。

和歌山と千葉の交流は、この二県に白浜、勝浦等
同じ地名が今も残っているところにも見て取れる。

1645年、漁業を興すため銚子に渡った儀兵衛だが
千葉県の自然風土を体感したことによって
醤油醸造に矛先を変えた。

黒潮と親潮が沖でぶつかり合う銚子は夏涼しく、冬暖かい。
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更に湿度が高い海洋性気候の当地は
こうじ菌などの微生物の働きを活用する
醤油の製造に最適であったからである。

「ヤマサ」の名前が全国に知れ渡ったのが1854年のことなのだが、
醤油で有名になったのではなく
七代目当主・濱口梧陵の人格に因ってのものだった。

その年の11月に起きたのが南海の大地震、
そのとき偶然、紀州の広村に戻っていた梧陵は
大津波の来襲を予知し自らの田園に置いてあった
収穫したばかりの稲束に火をつけて
急を知らせ村民の命を救った。
               (当時の津波来襲と稲束の炎を描いた画)
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自らの危険や財産を顧みない彼の行動に感動したのが
明治の文豪・ラッカディオ・ハーン(小泉八雲)だった。
               (儀兵衛の尽力で築かれた広村の堤防、昭和10年ごろ)
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ハーンは「仏の畑の中の落穂」の短編集の中で
“A Living God”(生ける神)として梧陵を紹介した。
               (ラッカディオ・ハーン著:”A Living God”)
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更に、のちには小学校教師だった中井常蔵が
梧陵を主人公に著した「稲むらの火」は
小学校の国語読本に採用されていった。
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最近では、1993年アメリカのコロラド州の
小学校教科書に「稲むらの火」が紹介され、
日本でも東日本大震災後、再び教科書に掲載されている。

その後、江戸にもどった梧陵は1858年、
神田お玉が池にあった種痘所が焼け落ちた時の再建に奔走した。

その結果、この医療所は江戸唯一の西洋医学研究所となり
東京大学医学部の礎となってゆくのである。

梧陵は特に人材育成や学問の発展のための
社会貢献に労を惜しむことなく働くと同時に、
本業の発展、とりわけ醤油の品質向上に尽力した。

ヤマサ醤油の瓶を見ると
「上」と書かれている文字に気が付かれた方は多いと思う。
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これは、同じく梧陵の時代、
1864年に幕府より特に品質に優れた醤油として
「最上醤油」の称号を得た勲章なのである。
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現在の当主は十二代目、
調味料だけではなく医療品の分野にも進出しているが、
ここ銚子の堂々とした中にも整然とした工場は
醤油が世界に認知されている証に思える。
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by shige_keura | 2016-02-13 20:52 |
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