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出雲~松江~米子~広島~丸亀~高松 -9-
 成田屋、音羽屋、中村屋も勢揃い


讃岐と言えば金毘羅様なのだが、
長い長い石段を上る前にぜひ訪ねてみたい場所があった。

石段を登る直前、左に緩やかにカーブしている坂を上がると
目的の歌舞伎小屋が見えてきた。
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芝居小屋の名前は「金丸座」正式には「旧金毘羅大芝居」と言い、
現存する歌舞伎小屋の中で最古のものである。
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芝居小屋の歴史を辿ると、
江戸時代は三都以外では常設の芝居小屋は禁止されていた。

ただ、歌舞伎の大衆人気は高く、
それに応えるため金毘羅でも年3回(3月、6月、10月)の
金毘羅大権現のお祭りの際に上方の役者が仮設小屋で芝居を披露した。
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その後、常設を望む強い声に後押しされ
天保6年(1835年)三都以外の地で初めて
常設の芝居小屋(「金毘羅大芝居」)が金毘羅に建てられた。

明治以降芝居小屋の名前は「稲荷屋根」、「千歳屋」を経て
現在の「金丸座」となった。

そして昭和35年(1970年)、国の重要文化財として認定されたときに
正式名称を「旧金毘羅大芝居」と名付けられた。

但し、このとき、小屋は老朽化していたため
文化財としての保存を図る為移築復元計画が検討され、
昭和37年(1972年)現在の地に建てられた。

この時以来、東西の歌舞伎役者から強い出演希望が出た結果、
昭和60年(1985年)第1回「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が行われ、
以来、毎年春の風物詩として全国の歌舞伎ファンに親しまれている。
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訪れたときは春浅い3月、
芝居小屋は4月に行われる
第5代中村雀右衛門の襲名披露公演の準備前だった。

そのため、幸いして江戸の香りを残す芝居小屋の中を、
普段は見られぬ場所まで、
つぶさに見学することが出来た。
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低い入口を背をかがめ中に入ると
大相撲で見慣れた桝席が広がっている。
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役者になった気分で舞台の上から観客席を見渡す。
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この小屋では舞台の上だけではなく
観客席の上からも雪や花が散るように天井に隙間を設けている。
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更には奈落(地下)で見る花道のせりだし、廻り舞台
そして役者さんの控えの間等々興味深い小屋ツアーが続く。
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特に役者が移動する通路は狭く、階段は極めて傾斜が強く、
特に女形の役者にとっては重労働であることが理解できた。
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「金丸座」の定員は740名と地方としては立派なもの、
日本最古の舞台で演じられる歌舞伎、
一度は実際に観たいものである。
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by shige_keura | 2017-04-22 21:20 |
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