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格調高き指揮者
2018年新年おめでとうございます。
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元旦は娘二人の家族とともにお墓参りからスタート、
愛宕神社の急勾配の階段、名付けて「出世の階段」、
いまさら出世もないのだが、今年も頂上まで踏破!
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六本木ヒルズでの昼食、ワインの福袋購入の後、
我が家で賀詞交換、お屠蘇、お抹茶、と例年通りのセレモニー。
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夕方にようやく老夫婦に静かさが戻るころ
御節料理、金沢風、セリたっぷりのお雑煮を燗酒で、
頃はよし、ウイーン「ニューイヤーコンサート」の時間となる。
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今年のコンサートは絶対に見逃せない。
何故ならば、指揮者がリッカルド・ムーティだからだ。
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それは、我々がローマで暮らしているころの1996年のことだった。

町の名前は全く覚えていないが、ローマから南に1時間余りと記憶している。

そして、どのような経緯で誘われたかも覚えていないのだが、
その時のコンサートの指揮者がリッカルド・ムーティだった。

いざ、指揮・・・、彼は突如観客に向き直った。
その目つきの鋭いこと、そして威厳に満ち溢れた様相、
観客のざわめきをたしなめる行為だった。

彼がウイーンのニューイヤーコンサートの指揮を始めて執ったのが1993年、
従ってローマ出会ったムーティはまさに上昇気流に乗り始めたころ、
体内のエネルギーがほとばしって弾けるような迫力溢れた指揮だった。

ムーティはナポリの生まれだから情熱的で一本気で血の気も多い、
その為に多くのライバル、仲間とも衝突した。

その中でも、最終的には和解が伝えられているが
同じイタリアの世界的指揮者、アバトとの衝突は有名だ。

仲間はムーティをこう評した。
「真のマエストロは妥協せず、気難しくなるものだ」。
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今年、喜寿を迎えるムーティ、
髪の毛の白髪、眼鏡、柔和となった顔つきに時の流れは感じさせたが
その指揮ぶりは今でも威厳に満ち溢れている。
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奇をてらわない、あくまでもオーソドックスに徹するムーティ、
「ウイーンの森の物語」「美しき青きドナウ」
そして「ラディッキー行進曲」お馴染みのシュトラウスの名曲を
心ゆくまで堪能した3時間だった。

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by shige_keura | 2018-01-03 10:47 |
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