稲尾さんのみにしか成し得なかったであろう
”投球術の真髄”とは具体的になんだろうか? 投手は投球し終わったら何処を見るか? 視線は自分の投球したボールを追うか、 又は、捕手のミットを見るだろう。 すこしばかり投手の経験がある私は 投球したボールの行方を追っていたと思う。 ところが、稲尾さんは 普通の投手とはまるで違っていた。 彼は自分のボールが手から離れるや否や 打者の目を直視していたのだ。 彼の考えの根底には ”目がすべてを物語る”がある。 そして、具体的な理由はふたつ。 1.打者が引っ張るか流すかを目を見ることによって見極めて いち早く守備体勢を整える。 2.打者が何を狙っているか、何を考えているかを把握する。 これぞ稲尾流投球術の真髄、 まさに”神の投球”と言うより他はないだろう。 ところが神様をして 何を考えているか見当がつかぬ打者が現れた。 ほかならぬ長嶋茂雄である。 (三原、水原宿命の対決) 1958年、長嶋巨人入団、 その年の日本シリーズで 二人は初めて対決する。 第1戦、初回ランナーを置いて打席に入った長嶋を見て 稲尾は面食らった。 打つ気があるのか無いのか まるで気配が読み取れないのだ。 (稲尾のスライダーに喰らいつく長嶋) 稲尾が投じた外角に逃げるスライダー、 まさか、バットに届かないとの思いをあざ笑うように 長嶋は及び腰でライト線への長打としてしまったのだ。 ここで稲尾は対長嶋用として 乾坤一擲の作戦を決めた。 ”ノーサイン”で投げよう! 相手が考えていないのなら こちらも考えるのはやめよう、の作戦だ。 このままだと ”逆算の投球”とはまるで矛盾する事となるが・・・・・・・・・、 このシリーズ、巨人3連勝のあと 西鉄が盛り返し、2連勝、 運命の第6戦を迎えた。 稲尾好投し、2-0のまま9回裏巨人の攻撃 2死ながら走者1,3塁で打席に長嶋を迎えた。 本塁打が飛び出れば、巨人の逆転サヨナラで 日本シリーズ制覇の劇的な結末となる。 3塁ベンチから監督の三原が出る。 監督の腹は、8分どおり敬遠で固まっていたが 稲尾が珍しく強硬に勝負を主張した。 そして、この勝負の条件として ”逆算の投球”があったのだ。 稲尾の読みはこうだった。 「長嶋はまさか自分が得意としている 内角近辺に稲尾が投げてくるとは思っていない。 しかし、彼のことだ万一内角ならばと 舌なめずりして逆転サヨナラホームランを狙っている。 それならば、その考えを利用してやろう。 最初の2球は外角をつき 長嶋の目を外側に集中させておこう。 3球目、ここで長嶋が万が一と待っている内懐に 稲尾が彼自身最も得意としている シュートボールを放る。 長嶋はこれぞいただきと強振するだろう。 しかし、このボールは彼の予想以上に ボールひとつ内角に食い込むから さしもの長嶋でも詰まるはずだ」 そして1-1後、運命の3球目が 長嶋が待望している内角に入ってきた。 「やった!!」とばかりバット一閃。 ところが、結果は長嶋の思いとは裏腹に 力のないキャッチャーへのファールフライ。 ゲームセット!!!!! 稲尾さんはその後、幾たびか 次のような言葉を残している。 「ボールを投げた瞬間 長嶋の目が歓喜に打ち震えた。 彼には絶好球に見えたのでしょう。 私は生涯15,000人ほどの打者と勝負したが あれほど歓喜と感動に満ちた目は二度と見ていない」 あの、のるかそるかの場面でも 稲尾さんは冷静に打者の目を観察していたのだ。
by shige_keura
| 2007-11-15 08:54
| スポーツ
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