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競馬二題  (血の証明???)
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2月26日、中山競馬場の朝、
緑の芝生に燦燦とした陽光が降り注ぐ、
その明るさは春のクラシックシーズン到来近しを告げている。
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今日のお目当ては第11メインレースではなく
第6レースの新馬戦である。

新馬戦とはサラブレッドが
生まれて初めてファンの前で走るレースを言う。

「競走馬は血で走る」

この定説が確かなものならば
このレースに出走してくる2頭は
どちらが勝つにせよ、他馬を寄せつけづ
1,2着でゴール板を通過する筈である。

ただ、ひとつの不安材料はあった。

それは、春のクラシック、
皐月賞、ダービーを狙うならば
2月末のデビューは若干遅きに失したものだからだ。

ここまで、ファンの前に姿を見せられなかったのは
それなりの理由があるからに違いない。

虚弱体質、あるいは思っても見ない故障で
満足な稽古が出来なかったのではないだろうか?

又、どちらかが敗れクラシック路線撤退の危険を知りながら
良血の2頭がここでぶつかるということは
やむにやまれぬお家の事情が絡んでいるかもしれない。

期待通りに走ってくれるだろうか?

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by shige_keura | 2011-02-28 13:39 | スポーツ
異国情緒 -レイモンドさんの家-
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バラの季節はさぞや美しかろうと思われる
イギリス館を通り抜け
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外人墓地に沿って歩いて行くと
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右手に現れるのがエリスマン邸である。
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エリスマンとは当時生糸貿易会社の
横浜支配人として活躍したスイス人であり、
この建物は彼の私邸として1925年
山手内の別地区に建てられた。

その後、1982年マンション建設のため解体され
現在の土地にその美しい姿を再現している。

               (戦前の西洋館の中で最大の規模、ベーリック・ホール)
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お隣のベーリック・ホールほどのスケールは無いが
西欧の田園地帯の別邸を思わせる
洒落た表情をしている。

それもそのはずで、
この建物は日本の建築界に大きな影響を与え
「現代建築の父」と言われた
アントニン・レイモンドの手によるものなのだ。
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レイモンドはチェコ生れの建築家、
東京帝国ホテル建築の時
ライトの弟子として来日したのが縁で
戦前戦後の日本で数多くの作品を残している。

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by shige_keura | 2011-02-27 08:28 |
異国情緒 -霧笛はもう聞こえないー
大仏次郎記念館から神奈川近代美術館を結ぶ道に
赤レンガの洒落た橋が架かっている。
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昭和61年に架けられた橋の名前は「霧笛橋」、
無論、大仏次郎の同名の小説に由来している。
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霧深い夜、この橋に佇めば、
どこからともなく、寂しげな
霧笛の音が聞こえてくる。
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そして、流れる音楽は
勿論、赤木圭一郎の「霧笛が俺を呼んでいる」。

”霧の波止場に帰ってきたが
 待っていたのは悲しいうわさ
 波がさらった港の夢を
 むせび泣くよに岬のはずれ
 霧笛が俺を呼んでいる”

この歌を筆頭に
霧笛は多くの歌に映画に取り上げられてきた。

巷で人気のある霧笛なのだが
実は、もう絶対に聞くことが出来ないのだ、
喩え「霧笛橋」の上で耳を澄ませていても。

               (神奈川近代文学館、建築は浦辺鎮太郎)
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by shige_keura | 2011-02-25 08:40 |
異国情緒 -ハマの天狗は洒落男ー
「港の見える丘公園」の一角に
大仏次郎記念館が今の横浜港を見下ろしている。
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大仏次郎の足跡をたどると
時間軸の長さでは
鎌倉が横浜を圧倒的に凌駕している。
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即ち、彼は明治30年に横浜で生まれたものの
6歳で鎌倉に引越し、終生その地を離れなかった。
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鎌倉で彼は最初に長谷大仏裏に居を構え、
そこで大仏様に因んだペンネームが誕生した。

長男の大仏様が一郎ならば
俺は次男の大仏次郎と言うわけだ。

それほど思い入れの深い鎌倉だが
彼は幕末、明治時期の横浜を好んで小説の題材とした。

異国情緒に溢れ洒落た横浜の雰囲気が
ハイカラ男、大仏次郎の創作意欲をかきたたせたのではないだろうか。

「霧笛」、「花火の街」、「幻燈」、「薔薇の騎士」等、
”ハマ”を舞台にした小説は
当時、次郎が書斎として使用していた
ホテル・ニューグランドの港の見える部屋で執筆された。
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大仏次郎の上品で洒落た姿は
ニューグランドのバーで見かけられたと言う。
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時には筆に行き詰まって深い皺を寄せ
ある時は筆の進みに笑みを浮かべ
大好きなドライマティーニを静かに飲んでいたのだろう。

ここに、私が思い描いていた大仏次郎との
大きな落差がある。

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by shige_keura | 2011-02-23 10:17 |
異国情緒 -異人の館-
三省堂の国語辞典によれば、
異人の意味は”外国人”、
外人を引くと、”外国の人(主に欧米人)を指す”とある。

しかし、感覚的にちょっと違うと思うのだ。

”異人と外人”、自分の頭の中では
次のようなイメージが出来ている。

両者とも外国の人なのだが
異人のほうが外国と言っても
欧米の人たちを強く指す。
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有名な童謡の「赤い靴」、
”異人さんに連れられて・・・”の異人さんは
誰もが欧米の人を思い浮かべるだろうし
実際にそのイメージで作られている。
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ならば異人と外人の違いは
より古い時代の欧米の人たちが異人であり
時代が昭和に入っていくと
全ての外国人が外人になるのではないか?

勿論、この時代でも外人と言うと
先ずは欧米の人を思い浮かべるだろうが。

即ち、鎖国真っ只中から明治、大正初期にかけて、
欧米人は日本人にとって極めて珍しい存在だった。

長身、鼻が高く、目の色、髪の色も違う。

そのような人たちは
当時の日本人にとって異形、異相、
すなわち異人だったのではないだろうか?
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一言で言えば、文明堂の包み紙の人たちである。

欧米の人たちが異人と言われた時代、
その人たちが移り住んだ町並みは
一種独特の香りを漂わせていた。

その香りを「異国情緒」と言うのだろう。

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by shige_keura | 2011-02-22 08:50 |
眦を決する
「眦を決する」、
”まなじり”を決する、
良く使われる言葉だが
本来の意味はどのようなことなのだろう?

眦(まなじり)とは”目の尻”
つまり”目じり”である。

”決する”とは、ここでは決めることではなく
決裂すること、即ち”切れる”ことを意味している。

「目じりが切れるくらい目を大きく見開いて
 事の成就に当ることだ」

「眦を決した戦い」、
昔はプロ野球の世界でも見受けられた。

満天下の後楽園球場、
マウンド上は巨人のエース、別所、
傲然と胸を張り辺りを睥睨している。
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のっしのっしと打席に入るは、阪神の主砲、藤村、
別所何するものぞ!
眼光爛々と物干し竿バットを構え相手を威嚇する。
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両軍中心選手の
眦を決した戦いの火蓋が切られようとしている。
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戦後の日本高度成長と共に
名選手の真剣勝負の数々で
プロ野球も黄金時代を迎える。

金田対長嶋はもとより
長嶋対村山、王対江夏、
それらは、名だたる剣豪同士の
真剣勝負の趣があった。
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打者対投手だけではない。

西鉄の稲尾と南海、杉浦の息詰まる投手戦。

スコアボードには0が並んでいく。

静かな、しわぶきひとつ起こらない
息を呑むような緊迫感が
球場全体に漂っていた。

今となっては懐かしい勝負の世界を思い出したのは
プロ野球に関するひとつの記事が発端だ。

それは、2月17日の日経新聞のスポーツ面、
豊田泰光さんの記事に”我が意を得たり”の気分となったからだ。

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by shige_keura | 2011-02-21 08:44 | スポーツ
築地、月島、佃島 -月は朧に白魚の・・・-
佃煮にする魚貝は様々あるが
中でも白魚は佃島の漁民にとって
最も大切な魚だった。
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何故なら、白魚は佃漁民の専業を許され
その御礼として毎年、徳川家に献上していたからだ。
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特に冬の夜、佃島沖には
多くの白魚舟が並び
煌々とした灯りが水面を照らしていたと言う。

さてさて、白魚といえば
歌舞伎の人気演目の中の
あの名科白に繫がっていく。

歌舞伎舞台での名科白、数々あれど
誰もが知ってる名調子が三つ。

ひとつは”白浪五人男”、
弁天小僧菊之助、もろ肌脱いでの
「知らざあ、言って聞かせやしょー、
 浜の真砂と五右衛門が
 歌に残せし盗人の・・・・・」

次が、これまた「白浪五人男」、
頭領格の日本駄衛門、番傘開いて、
「問われて名乗るもおこがましいがーー
 生まれは遠州浜松在 、十四の時から親に離れ、
 身の生業も白浪の・・・・・・」

いずれ劣らぬ名調子だが
上には上があるものだ。

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by shige_keura | 2011-02-19 13:21 |
築地、月島、佃島 -佃煮の故郷-
佃煮で御馴染みの佃島だが
その名付け親は江戸市民ではなく上方の漁民である。

1590年(天正8)、徳川家康が関東下降の際、
摂津の国、佃村(現在の大阪市、西淀川区)の漁民33名を
一緒に江戸に移した。

その大きな理由は、
当時の江戸は好漁場がありながら
すぐれた漁師が居なかったためである。

その後、彼らは江戸の住み着いた砂洲に
土砂を埋め立て拡張、築島し、
故郷に因んで佃島と命名した。
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佃島の民は豊穣なる江戸前の海で獲れた小魚、貝を
生醤油で煮しめて保存し家庭内の副食物としていた。
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これが、日本人ならば
誰でもが知っている”佃煮”である。

今でも、当時の面影を留める店構えの老舗が
いずれ、”本家”か”元祖”かを競っている。
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アサリ、昆布、葉唐辛子
三種の佃煮を買い求めることで
地元伝統産業への僅かばかりの貢献とした。
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by shige_keura | 2011-02-18 08:50 |
築地、月島、佃島 -”もんじゃ”、”どんどん”、”おこのみ”で-
勝鬨橋を渡り新大橋通りを左折すると
ほどなく月島界隈に入っていく。

何故、このようなところを歩いているか?
そのきっかけは朝のNHK連続ドラマにある。

2月某日の朝、テレビの画面から
今日も飽きもせず”お好み焼き”を
せっせと焼く人、食べる人の姿が目に入ってきた。

家内と二人、どちらが言い出したかは判然とせぬが
”お好み焼き”はともかくも
月島の”もんじゃ”に行って見ようと衆議一決したわけだ。
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もんじゃ焼き通りのなかの人気店、
”くら”のもんじゃは予想通りの味だった。
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すなわち、ビックリするほど旨くは無いが
失望するほどの味でもなく
典型的なB級グルメとはこのことなのだろう。
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適当に旨く、早く、安く、
ヴォリュームタップリと言う按配だ。
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”海鮮もんじゃ”と”焼きそば”
各1人前で夫婦はお腹一杯、
たまの昼の食事には恰好である。
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ところで、”もんじゃ”と”お好み焼き”は
鉄板の上で焼く似たもの同士
そして”どんどん焼き”もその意味では親戚だ。
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一体全体この三種のB級グルメの関係は?

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by shige_keura | 2011-02-17 08:52 |
築地、月島、佃島 ー勇ましい橋ー
日本は山・川の多い国であるだけに
架けられた橋の数も多い。

15メートル以上に限ると
全国に14万以上もの橋が存在するそうだ。

従って、橋の名前も極めて多岐に渡っている。

国名(日本橋)をはじめ地名に由来する橋(千住大橋)、
或いは人物、寺社の名前から取った橋が多い中で、
日本独特の文化を思わせる名前も或る。

山口県の錦帯橋、京都の渡月橋などは
日本独特の煌びやかさ、風雅さを思い起こさせる。

その昔、日本三大遊郭とされた長崎の丸山、
そこに今でもある思案橋は
客が遊郭に行こうか?行くまいか?
思案に暮れる男の揺れ動く心根が窺われる名前である。

全国、無数の如く有る橋の名前ではあるが
目の前の橋ほど勇ましい名前を持ったものはないだろう。

「勝鬨橋」!!

吾等が小学校当時、可動式のユニークな勝鬨橋は
都内見学のひとつの人気者だった。

1970年に水陸の交通が逆転したことを受けて開閉を停止したものの
今でもその威風堂々たる姿はまことに特徴的である。

しかしながら、どのような理由で
この勇ましい名前が付けられたのだろうか?

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by shige_keura | 2011-02-15 20:26 |



2007年9月末にこちらに引っ越してきました。
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